今回は、ノーマン・マクラレン(Norman McLaren)の一つの作品について、書いてみたいと思います。 ノーマン・マクラレン(1914 – 1987)といえば、実験アニメーションで、超有名な人です(超有名などと、さも知ったふうに書いているけれど、僕がこの人を知ったのは、実はそう昔ではなかったりする…)。ともかく、少なくとも 海外では、有名な人らしいです。

というわけで、まずはこちらをご覧ください。
ノーマン・マクラレン(Norman McLaren)の『Canon』(1964)
(ちなみに、約9分あります。)



こっこれは!!!三番目(4分過ぎ~)の作品は、どう見てもピタゴラスイッチに出てくる『アルゴリズム行進』ではないか!
それに、はじめのほうに出てきた、積み木が移動するアルゴリズムなんかは、むかしのコイケヤ『スコーン』のCMにそっくり!!

なるほど、佐藤雅彦氏の元ネタはこれだったのか。
これは、大発見!!と思ったのだけれど、
やはり ネットで調べてみると、『canon』と『アルゴリズム行進』について言及してあるものもいくつか見受けられるみたいです。

ちなみに、次のことはネットに載っていたことの受け売りなのだけれど、
アルゴリズム行進(とアルゴリズム体操)をしているのは、お笑いコンビの‘いつもここから’だが、それというのも、彼らの代表的なネタ「悲しいとき~」のBGMはパッヘルベルの『カノン』を使っているので、カノンつながりで。ということらしい。

受け売りなので、信憑性など 本当のところどうかは知らないけれど、そんなことは置いといても、なるほどなあ と思ってしまった。

そう考えると、アルゴリズム行進などは パクリと考えるより、オマージュと考えたほうが適切なのかなあ
(なかいち)2008.05.19 13:50


今年も、ピアフィルムフェスティバルPFFがありますね。
東京は、2008年7月19日(土)~7月25日(金)渋谷東急 で開催されるとのことです。
ちなみに、僕の住んでいる名古屋の開催日程は、まだまだ だいぶ先ですが、
10月2日(木)~10月5日(日)愛知芸術文化センター です。

というわけで、今回は、昨年 2007年のPFFスカラシップ作品『パークアンドラブホテル』の感想などを書いていきます。

ところで、地方に住んでいると、どうしても映画の上映が東京や関西に比べ遅れるので(ものによってはこちらで上映するころには上映が終わっているところなどがあるので)、なかなかレビューを書くのが難しかったりするんですよね。
というわけで、『パークアンドラブホテル』は、どうせだったら一般公開されるまで待って、東京で上映する少し前ぐらいに、レビューを書こうかなあと思っていたところ、ふと気づいたら、すでに東京で公開されていましたね・・・・。

パークアンドラブホテル
あからさまな題名だし、なんか怪しいなあと思いつつ、でもR指定とかはないし、どんなものかと思ったりしながら見てみたのだけれど、
そうはいいつつ 結局、僕の昨年観た映画の中では、一番好きな映画だった。(とはいっても、一年で映画を見た本数はあまり多くはないんですが。)

ラブホテルの女主人の、無関心な表情。また、それでいて 何かしら内に秘めていそうなオーラをかもし出しているところなんかが印象的で、個人的には、あの無関心な表情には、とてもインパクトがあった。
実際、ドラマや映画などを見ても、演技の難しさや、うまさ、すごさ などというものは、あまりよくわからないし、気にしたこともあまりないのだけれど、中には、この演技すごい!!などと思う映画なんかがあって(もちろん主観なのだけれど)、この映画は、僕の中ではまさにそれだった。この演技!!と思える説得力というものがあったように思う。

絶対ない非現実の空間だけれど、どこか懐かしく、もしかしたらどこかにあるのかも、と思わせる場所。見終わった後に、“それでも、日常”と思わせる ・ ・ 。

◇           ◇

ちなみに、PFFつながりでいくと、
第14回PFFスカラシップ『運命じゃない人』でデビューした内田けんじ監督の最新作『アフタースクール』が、5月23日より一般公開されます。

『運命じゃない人』は、絡み合う事情と時間軸と人間関係とで、本当に脚本が練られていて、僕のお気に入りの映画のひとつです。
もちろん映画なのだから、映像で魅せる映画というのもいいけれど、内田けんじ監督の映画は、いわゆる 脚本で魅せる映画といっていいと思います。
というわけで、内田監督の最新作『アフタースクール』は、個人的には とても楽しみにしています。
(なかいち)2008.05.06 00:23


ガス・ヴァン・サントの新作『パラノイドパーク』は2度観るだけの価値がある映画だった。パンフレットも購入してしまったし。眠くなる映画がダメな映画かというと、必ずしもそうではないということがこの映画でも証明される形となった。眠くてもいい映画はたくさんある。眠くなければもっといい気もするけれど、そんな贅沢はいっていられないのだ。眠くなる表現でしか達成しえない高みだってある。この映画を観れば、それが嘘じゃないということがきっとわかるはずだ。劇場で1度は寝てしまった僕がいうのだから間違いない……っていうのも、よくわからない理屈だけど。

主人公・アレックスの揺れ動く気持ちがそのまま表現される映像。これが実に美しい。脆くて不安定で、なんていうのか、英語でいうと「fragile」っていうのか。日常が圧倒的ななにかによって完全に崩壊してしまう、その一歩手前。それを、こんな風に撮って/繋いで/音楽を寄り添わせて、作品に仕上げることのできる監督はガス・ヴァン・サントしかいない。大して彼の作品を観ているわけでもない僕でも、こればかりは断言できる。ガス・ヴァン・サントにしか、こんな映画撮れない。

沈鬱なはずのシーンにあえて明るい音楽を添える手法が堪らない。バニラアイスの表面をスプーンで削っていくみたいにして、わずかな痛みもないままに、胸の内を少しずつ抉られていく。そんな感覚がある。さらに、この映画は時系列をバラバラにして構成されていて、繰り返しスクリーンに映し出されるシーンがいくつかあるのだが、そこにはその都度新たな思いが重なって、前とは違う光景が広がることになる。自分を取り巻く現実を目の前にし、気持ちの整理をつけるべく手紙を書き続けるアレックスの作業と同調するようにして、過ぎ去った時間が「重層的に」観る者たちに迫り来る。しかし、それも無痛だ。自らの痛みとするには遠すぎる。そういう距離感がスクリーンと観客の間にはある。共感はしない。

それは、ガス・ヴァン・サントがこの映画から巧妙に「感情の芯」を抜いているからだと思う。「人を殺した」という現実を前にした若者を描くのに、彼の中に渦巻く感情を露骨に描いてしまっては、「人を殺した」という現実は彼というフィルターを通して歪んでしまうに違いない。彼の心の動きは撮り方や繋ぎ方といった表面的な部分が担っている(それで充分だし、そういった部分こそがこの映画の大きな魅力だ)。音楽によってアレックスの感情を積極的に表現しようという意図は見当たらないし、ストーリーやセリフによってそれを際立たせるというわけでもない(むしろそうした効果は致命的に邪魔なのである)。そのようにして高ぶる感情を表現する描写を控えた中で、ただ「人を殺した」若者の現実が、彼自身の心のゆらめきと共に観客に静かに見せつけられる。それこそが、スクリーンと観客との距離感の正体なのではなかろうか。

この映画は無痛ではあるが、それゆえに残酷な現実はその残酷さを留め、観客はそれから目を逸らすことができない。アレックスは映画の最後に、授業中の教室で深く目を閉じ、教師の呼び掛けにも応答しない。もしかするとアレックスがそもそも高ぶらずにいられるのは、彼が自分の心の中の「パラノイドパーク」に逃げ込んでいるからなのかもしれない。そんなことを感じさせるラストだ。

目を逸らしてはいけない。観客である僕は彼にそう声を掛けなければならない。そして、それはまた、僕自身にも……。

(ロバート・コペンハーゲン)2008.04.15 23:54

【演劇】ケラ版『どん底』を観劇したよ!(ロバート・コペンハーゲン)2008.04.14 12:38

Bunkamuraシアターコクーンで上演中のケラリーノ・サンドロヴィッチ版『どん底』を観劇。
途中15分の休憩を挟んで3時間超、いつも通りの長尺。
でも、今回の劇の場合、3時間超でなければならない理由がそんなにない気もしたりしなかったり。
というのも、一幕では貧民窟に暮らす人々の人間関係が淡々と描かれるのだが、これがなかなか退屈で、随所に挟み込まれる笑いもあんまりピンと来なくて、率直にいって冗長に感じてしまったからなのだけど、二幕の怒涛の展開を考えると、その冗長さは後に起こる出来事を際立たせる上でなくてはならないものであるような気もして、どうにもこうにも判断しかねるのだ。
っていうか、原作の戯曲も読んでいないのに「判断しかねる」もなにもない……とか書きつつも、「一幕はやっぱりどう考えても長すぎるよなぁ」と思わずにはいられない自分がここにいることは紛れもない事実なのだ!

それはさておき、マギーの演技がいい。
サブキャラクターでありながら、全体の要となるような存在感を醸し出していて、地味だけどすごくよかった。
すごくよかったというと、二幕に入った後の地上のセットとそこでの一連の出来事。
どこでもない場所のどこでもなさが粘土細工チックな造形によって引き立ち、その上で動き回る大勢の人物の光景は普遍的な悲劇のサンプルとして観客に「観察」されうるものに変質していたのではなかろうか。
そして、その「観劇」から「観察」への変化に異様さを感じる中で訪れる、圧倒的なカタルシス。
ちょっと自分でもなにを書いてるのかわからない部分があるけれど、なにはなくともこの部分には戦慄した。
劇全体を通して見ても、ここが絶対ハイライトなわけだし!

とまあ、そんなわけで、とりあえず戯曲は読んでみようと思った。
ケラ版との相違点を見出して、いろいろ思いを巡らせてみるのも楽しそうだし。
あと、黒澤版の『どん底』も。
帰りにTSUTAYA(半額レンタル実施中)に寄って見てみたらすでに誰かに借りられていて、結局『不思議惑星 キン・ザ・ザ』と鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』を借りた。
このチョイスに特に意味はない!

(ロバート・コペンハーゲン)2008.04.14 12:38

【衝撃映像】大島渚、地獄の結婚30周年パーティー!(ロバート・コペンハーゲン)2008.03.01 09:19

日本が世界に誇る映画監督、大島渚
『愛のコリーダ』や『戦場のメリークリスマス』といった作品で知られる彼は、長年の活躍の中で国際的にもその名声を不動のものにしてきた。
しかし、そんな彼にも天敵と呼ぶべき人物は存在していた。
そう、その人物とは、小説『火垂るの墓』や童謡『おもちゃのチャチャチャ』の作詞などで知られる、鬼才・野坂昭如
現在は和解が成立しているという両氏の対立のきっかけとなったのは、大島氏の結婚30周年を祝うパーティーにおける、ある出来事であった……。

さて、その「ある出来事」の一部始終を収めた映像がこちらである。
四の五の言わず、とくとご覧あれ!



す、すげえっ!!!!!!

泥酔状態で呂律が回らないながらもなんとか祝辞を読み終えた野坂氏が、突然大島氏の左頬を勢いよく殴打!
吹っ飛ぶメガネ、よろめく大島氏!
体勢を立て直した大島氏は手持ちのマイクで野坂氏の頭部に強烈な一発をブチかまし、止めに入る明子婦人に構うことなく、間髪入れずに二発目もマイクでゴツン……って、絶対痛いよ、これっ!
だって、全然容赦ないもん!!!

時は1990年!
大学入試センター試験が始まったり、イラクがクウェートに侵攻したり、バブル崩壊の兆候が見え始めたりしたこの年に、これほどまでに世紀末感溢れる事件が勃発していただなんて!
話には聞いていたけれど、ここまで本気のケンカだったとは、正直言って驚いた!
今風に言うならアレだね、「ガチ」ってやつだね、ガチ!

あと、この時の野坂昭如の祝辞、何言ってるのかさっぱりわからない。
諸々含めて、すっごくカオスな映像だなぁ。
DVD化希望。

(ロバート・コペンハーゲン)2008.03.01 09:19

ミャンマーの首都がいつの間にやら移転(鈴木アキヒロ)2007.12.13 13:01

どうも鈴木です。
ミャンマーの首都が急に変わっていたのにみなさんお気づきでしたか?
僕も先日、本屋で世界地図をパラパラやってて始めて気がつきました。(なんで本屋で世界地図なんか立ち読みしてるんだコイツは・・・、という疑問は持たないでください)


これまでのミャンマーの首都はヤンゴンという街ですね。エーヤワディー川下流のデルタ地帯にある人口250万人の都会です。このヤンゴンから北におよそ300キロほど離れたネーピードー(ネピドーとも。英語綴り:Naypyidaw)というところに首都が移転したそうです。


ま、それだけです。移転の理由は専門家でもよく分かんないそうですので気にしないほうが無難でしょう。
詳しくはウィキぺディアでも見といてください。


ところでミャンマーといえば、僕の中では高田馬場なんですね。


なんのこっちゃという方のために説明すると、高田馬場駅から北のほうに5分くらい歩くと、一つのビルに二軒のミャンマー料理のお店があるというおかしなビルがあるのです。聞いた話だと、日本のミャンマー人は馬場に多いのだとか。

んで、そのビルには地下一階と三階にお店がありまして、両者の因果関係はよく分かりませんが、とりあえず二軒ともミャンマーの料理を出します。地下一階のお店はいわゆる一般的なミャンマー料理屋で(何故かミャンマー料理より「カレーナン」とかいうこの店オリジナル料理を勧めてくる傾向にあるのですが・・・。)どれも食べやすいです。ミャンマーのことを聞くといろいろと教えてくれたりと、気さくな一面もあります。

問題は三階のほうでして。

こっちはビルの住宅部分を改造して作った、カラオケパブみたいなとこなんですよ。ここがすげえ濃い店なんです。

そこには連日連夜、在日ミャンマー人たちが、故郷の歌と料理を求めてやってくるのです。真っ暗な店内で(カラオケパブなので終始暗い)ミャンマー人たちの豪快な歌声を聴きながら暗くてよく分からないミャンマー料理を食べるのもまたオツなもんです。ミャンマー人はみんな常連ですげえノリノリで歌っているので日本人としては居心地悪いことこの上ないのですが、慣れればそんなに気にはなりません。ちなみに今ミャンマーでは長渕剛の「乾杯」が流行りのようで、ミャンマー人たちがすさまじい勢いで熱唱しています(ミャンマー語で)。

んで、何故かそこの料理がまたびっくりするほど豊富で妙に美味いんですよ。
とくにチェーオーというよく分からん麺類と、ビルマ風コロッケの美味さといったらありません。すずめの丸焼きなんつー変り種もあります(これは堅くてそんなに美味さがわからなかった)
しかし、この美味しさに辿り着こうと思うと、ミャンマー人の熱唱を聴かなければならないという素敵な試練が待っているのもまた魅力の一つ。

みなさんも是非行ってみてください。


ちなみにここのトイレはユニットバスです。
(鈴木アキヒロ)2007.12.13 13:01

矢沢のテレビ、もちろんハイビジョンです!(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.22 23:36



矢沢のテレビ、もちろんハイビジョンです!
リビングにバーンと!
ありますよ、DVDレコーダーも。

へえっ!? このDVDの矢沢、ハイビジョンじゃないの!?

テレビはハイビジョンなのに、ハイビジョンで見てなかったってこと?
そういうこと?
じゃあ、こっちのDVDの矢沢はどう?

へえっ!? こっちのDVDの矢沢もハイビジョンじゃないの!?


えーっと、じゃあ、あのDVDの矢沢は?
あのDVDの矢沢はさすがにハイビジョン……

へえっ!? あのDVDの矢沢もハイビジョンじゃないの!?


テレビはハイビジョンなのに!?
どうなってるわけ!?
それっておかしいよね!?

へえっ!? うちにあるDVDの矢沢、全部ハイビジョンじゃないの!?


じゃあ、矢沢のテレビがハイビジョンなのは、意味がないってこと!?
そういうこと!?

……もったいない。

(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.22 23:36

デザイン・フェスタに遊びに行ってきた!(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.19 19:00

11月17日(土)、18日(日)に東京ビッグサイトで開かれていた「デザイン・フェスタ vol.26」に行ってきました! 最近友人にイベントそのものの存在を教えてもらい、初めて足を運んでみた次第です、はい!!!


1994年から始まり毎年春と秋の2度開催されているこのイベントは、たくさんのアーティストやアーティストの卵たちが自分たちのブースを設けて作品を展示・販売したり、ライブパフォーマンスを行ったりするという、自由かつカオスな催し物です。扱われているものも多岐にわたり、絵画にイラストに写真に洋服にアクセサリーにフィギュアに照明に……もうなんでもアリな感じになっています。たとえば、こんな謎のマシンも会場内を縦横無尽に走り回っていました。


映画『ドラえもん のび太とブリキの迷宮(ラビリンス)』に出てくるチャモチャ星人が乗ってるアレか!? アレ、ついに実用化か!? と、知ってる人しかわからない、実に不親切なツッコミが口をついて出てくるほどに、初めて見た時は驚愕しました。これに乗って、さも当たり前の顔をしながら、屋台でロコモコを購入する白衣を着た科学者風の男……。最初は驚きこそしましたが、そんな光景もデザイン・フェスタの会場内では全然シュールに映らないのが不思議です。

それにしても、プロも素人も入り乱れて、ほんとにたくさんの方が参加しているこのイベント。「こりゃスゴいや!」ってレベルのアーティストの方ももちろんいましたが、全体を通してみると、技術的には優れていてもお客さんに対しての見せ方を徹底していないために凡庸に見えてしまうという、「なんかもったいないなぁ」って方が結構大勢いたように思います……って、エラそうにダメ出ししてしまっている自分がどうなのかというと、あらゆる面において見せ方なんてなっちゃいないわけでして。でも、思っちゃったんだから仕方がない。自分に対しての戒めも込めて、今こんな風に書かせてもらっています。

極端なことを言ってしまえば、内実がどうであれ「スゴそうに見えさえすればいい」とも思います。そうするためにもっともっと「金儲け」をモチベーションの内側に取り込んでいくことも全然悪くないんじゃないかとも、最近考えます。だから、あえてデザイン・フェスタに対してもの申すとしたら、「もっと金儲けのことを考えたっていいんじゃないの!?」と言いたいです。でも、ああいう「アートな文化祭」って感じのゆるい雰囲気も、それはそれで心地いいんです。となると、結局は個人個人の切実さの問題なのかなぁ……なんて、当たり障りのないコメントを残しつつ、今回のニュースを締めさせていただきます。あ~あ、富と名声と権力がいっぺんに欲しい、そんなおませな年頃です!!!

***

ところで、先日「お米は生きている」というユニット名義で「loftwork」というサイトに登録をしてみました。

http://www.loftwork.com/user/8590/

ざっくり言ってしまえば、いろんな分野のクリエーターが自身のポートフォリオを作成し、外部からの制作依頼をじっと待つ……というサイトです。誰でも無料で登録できますし、登録したからといってどうってことはないのですが、一応肩書きは単に「大学生」ではなくて、<アニメーション作家/イラストレーター>としておきました。厚顔無恥にもほどがあるって感じですが、せっかくの機会なのでお仕事を受け付けてみることにしたのです。

依頼なんて来なくて当然。なので、怖いものなんて全然ありません。気軽に声をかけてください。「loftwork」からでも、このサイトのメールフォームからでも、どしどし依頼を受け付けています。

ってなわけで、ダメもとながらもお待ちしています!

(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.19 19:00

『JUN-ICHI~』がShockwave AWARD 2007にノミネート!(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.07 23:30

うわぁ! ついに朝晩の冷え込みが厳しくなってきてしまいました! 空気は乾燥しているし、街は早くもクリスマスムードになってきているし、まったくもう最悪な季節の幕開けです!

これからどんどん寒くなると思うと気が滅入ります。電車のシートもどんどん(必要以上に)ホカホカになっていきますし、そのうち池とか凍っちゃいます。雪も降ります。おでんも食べたくなります。年賀状も書きます。サンタが街にやってきます。「徹子の部屋」にタモリが出ます。紅白も見ます。年賀状が届きません! お雑煮も食べます。市長の挨拶の最中、各地で新成人が暴れます。豆も撒きます。もちろんチョコレートはもらえません! 雛あられは食べます。雪が溶けて川になって流れていきます。そして、ようやく春がやってきます!!!

こうやって見てみると、冬にもいろいろと楽しいことがありそうです。冬もあながち捨てたもんじゃない。でも、寒いのはやっぱりイヤです。冬眠したいです。

***


さて、前置きが長くなりましたが、ここでひとつ朗報があります!
『JUN-ICHI:A NUMBER ONE PURE BOY』が、「Shockwave AWARD 2007」というコンペティションの一次選考を通過し、Webエンターテインメント部門にノミネートされたとの連絡が舞い込んできたのです!

Shockwave AWARD 2007(Webエンターテインメント部門)
http://www.shockwave.co.jp/award2007/vote/vote.html

現在、エントリー作品を審査する一般投票(11月21日(水)正午まで)が行われています。そんなわけで、僕らのアニメを気に入ってくださった方は、ぜひぜひ「お米は生きている」にご投票ください。よろしくお願いします……って、なんかこの書き方だとものすごく必死な感じがしてカッコ悪いです! でも、告知はしておきたい! みんなに投票してもらいたい! でも、カッコ悪い! でも、投票してほしい!

あーもう! よくわからないけど、なんかすっごくスパイラルです。これもひとつのチャンスですから、さすがに必死にもなるってものなんです、正直な話。でも、やっぱりカッコ悪い!

キリがないです!!!

(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.07 23:30

スクッマポンチムービーズ004、いよいよ制作開始!(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.03 04:48

うわぁ! ついに11月になってしまいました!!! 去年の今頃はなにをしていたんだろうと思ってシステム手帳のページを繰ってみると、11月11日の欄にはこんな記述が。

吉祥寺 18:00集合 HP顔合わせ

なるほど、去年の今頃は現お米メンバーのみんなにコラムの執筆依頼を出したり、実際に打ち合わせの場を設けたりして、「お米は生きている」開設に向け、それなりに奔走していたみたいです。光陰矢のごとし!!!

さて、新作アニメの制作がいよいよ開始されました。ASIAGRAPHの一件ですっかりその気になって、早々と絵コンテを描き終えたのが10月の中旬。で、今もうすでに11月。光陰矢のごとし!!! なんかもうイヤになるくらいの「矢のごとし」っぷりです。


新作の絵コンテ(左)と企画書(右)

今回のアニメは、水曜日のコラム(「紹介します。」)を担当しているチンタ=ポンタくんが原作を担当。脚色とイラストレーションが僕で、アニメーションと諸々のエフェクトをとしゆきくんが担当しています。そして、驚くべきは音楽。なななななんと、今回のアニメ……

オリジナル音楽をお米外部の方に依頼!!!

最高です! こんなド素人の僕らにオリジナルの音楽を提供していただけるだなんて、ほんとに夢のような展開です。こんなに素晴らしい展開になったからには、とにかくおもしろいものを作りたいです。年内完成を目指して、これから急ピッチで作業をしていきます。がんばります。というか、そろそろがんばらねば!!!

(ロバート・コペンハーゲン)2007.11.03 04:48

【演劇】ペンギンプルペイルパイルズ「ゆらめき」を観劇!(ロバート・コペンハーゲン)2007.10.27 22:51

ペンギンプルペイルパイルズの第12回公演「ゆらめき」を観て来ました!東京・武蔵野市の吉祥寺シアターで!

今年6月に三軒茶屋のシアタートラムで観た「ワンマンショー」の再演もすごく楽しかったんですが、今回のお芝居も今回のお芝居で、かなり満足できました……って言っても、正直僕なんて演劇のレビューを書けるほど演劇なんて観ちゃいないわけで、演劇を語るための自分なりの言葉を依然として持ち合わせていないことに、本当はものすごく引け目を感じているんです。でも、そんなことを気にしていたら一向に「お米ニュース」なんて書けないので、とにかく言い訳はこのくらいにして、グダグダといつも通りの拙い感想文でも書いていくことにします。よ~し、書くぞ書くぞー!

演劇の笑いって、なんだかよくわからないものが多いです。はっきり言ってしまえば、全然笑えないものが多い。でも、なぜか自分以外の客は結構笑っている。この感じ、すっごくイヤです。「ここ、笑うべきポイントなんだろうなぁ」とは、わかるんです。いちいちわかる。でも、だからって自然に笑えるポイントじゃない。「ここ、笑うべきポイントだって、私はちゃんと気づいてますよー」ってことを表すために、自分以外の客は声を出して笑っているんじゃないかって、胸クソ悪くなったりする。映画でも、そういうことってよくあります。ウディ・アレンのコメディなんて、声を上げるほど笑えるシーンなんてほんとはほとんどないんです。僕が散々絶賛しているモンティ・パイソンだって、ニヤニヤこそしても、思わず声を上げてしまうようなネタなんてほとんどない。率直に言って、7割方はスベってるんです(有名な「死んだオウム」や「バカ歩き省」のスケッチも、ほんとはそこまで笑えやしない!)。

そんな中、「ゆらめき」はちゃんと笑えました。びっくりするほど自然に笑えた。それってスゴいことだと思います。と言っても、単に笑えるだけの劇でもない。登場人物がどんな人物なのかを了解することもままならないのに、どんどん劇中の会話は広がっていく。さっきまで笑っていたと思ったら、今度は泣いている、そのまた次には怒っている……。舞台の上で登場人物の喜怒哀楽がゴッチャゴチャに錯綜する上に、会話の中身のどこまでが事実でどこまでが嘘なのかも全然よくわからない。ほんとによくわからない。それこそ最後の最後まで、よくわからない。でも、その「よくわからない」がそっくりそのままエンターテイメントとして成り立っている。これはやっぱりちゃんと笑えるからです。戯曲も演出も役者の演技も全部噛み合っているからこそ、笑いを媒介としつつ、「わからない」ということそれ自体をエンターテイメントに変えるなんていうアクロバティックなことが可能になっている。スゴい。そんなわけで、改めてこの劇団の持っている力を思い知らされました、今回のお芝居で。

ちなみに、書いても特に問題ないと思うので書いてしまいますが、僕が観に行った日にはラーメンズの片桐仁さんも来ていました。風貌もさることながら、笑い方も独特なのですぐにわかってしまいました。あ、「エレ片のコント太郎」(TBSラジオ)いつも楽しく聴いてます。応援してます、がんばってください!!!

(ロバート・コペンハーゲン)2007.10.27 22:51


映画『天然コケッコー』を見たので、その感想でも書こうかと思います。当サイ トのロバート・コペンハーゲンくんも見てコラムにしているので、そちらを読んでから今日の僕のやつを読んでいただきたい。ストーリーとか書いてありますし、また同じ映画のレビューを書くという初の試みなので、是非両方とも読んで欲しいというのもありますし。
 
ロバートくんは東京で封切られてすぐ見たようですが、僕は実家に帰省したついでに、名古屋市の伏見というところにある映画館で八月半ばに見ました。
 
お話はロバートくんが述べているように、そよちゃんと大沢君の二人と、その周 りの人々の日常がメインです。話の中心はやはり若い二人なわけですね。そりゃもう、どうしよもなく瑞々しい一方で、変にリアルな場面もあったりして、二人の関係が見ていてコンニャロ!と思うことなく進んでいき、心地よく、そして最後には切なくなる出来になっていると思います。
 
 
さて、この映画を見た多くの方はそよちゃんとか大沢君あたりに意識がいっちゃうのが当然だと思うんです。しかし、僕はそうではなかったのです。僕がこの映画で変に力を見てしまったのは、なにを隠そう、この田舎に住んでいる大人たちだったのです。
 
たとえばそよの両親であるとか、村の郵便局員しげちゃんだとか、床屋や雑貨屋の人であったりとか学校の先生だとか。そういう人たちを見ていました。
 
なんでそんなとこばっか見てたのかっつーと、僕自身と重ねてしまったからです。僕は今でこそ東京の大学に通い、新宿も渋谷も武蔵境も闊歩しておるわけですが、高校まではコンビニさえろくにない田舎で育ちました。そして、僕も大学に出てきて二年と半年。就職活動も始まり、そろそろ身の振り方考える年です。そうすると、やっぱり東京に残るのか、地元に就職するのかっつー問題になるわけですわ。僕は私大の文学部なんで就職っつってもたかが知れとるわけですよ。まあおそらく必死こいて就活しても、「文学やってたからなんなの?」などと言われたりして、軒並み不採用で、ほんとどうなるかなんか分かったものではありません。だったら、少ないお給料でひいひいと東京に住むよりも物価も安い地元で安定した仕事でもして、子供育てて家建てて、のんびり暮らすのもありかなあ、などとも思ったりもするわけですね。でも退屈な田舎に戻るのはどうも…、ということも考えてしまいます。イオンに行くと絶対知り合いと会って、20になっても中学時代の同級生の誰と誰が付き合っとるだとかいう話してて、しかも牛臭い。気が滅入ります。
 
そうすると、僕の関心っつーのは退屈な田舎に暮らす大人たちに向けられます。
 
そこには生まれてこの方ずーっと先祖代々続く土地から出ることなく暮らしている人々がおるわけです。
 
どんな感覚なんだろう。生まれ育った地元に暮らし、そこで一生を終えるということは。
 
それを見て思ったことは、やっぱり田舎に閉じこもるっつーのは僕の生活には合ってないのかなあ、ということです。地元の学校出て公務員やって、昔っからの知り合いと結婚して…。それはそれでいい人生だとは思うんですけど、 やっぱり僕の中には確実に、それを望んでいない僕がいます。シゲちゃんみたいにはなりたくないわけです。
 
というわけで、しばらくは僕は地元には戻ることはないと思います。この映画見てそんなこと考えた奴も少ないと思いますが。
 
 
まあ、感想っつーか身の上話になりましたけど、そんな感じです。いい映画ですよ。
 
 
ちなみに、僕の実家はこの映画の監督、山下敦弘の出身地のすぐ近くです。

(鈴木アキヒロ)2007.10.22 23:32