ライター:チンタ=ポンタ
あえて、誰でも知ってるようなことを紹介したい。でも、誰にも知られずに終わって しまう可哀想なものも紹介してあげたい。だから、目にとまったものを適当に紹介し ます。
第44回 シモネッタ・ヴェスプッチを紹介します。

フィレンツェ一の美女として讃えられる彼女。
ピエロ・ディ・コジモの肖像画をはじめとして、彼女の姿は多く残されている。
その美貌と、はかなく短い人生、そして、ジュリアーノ・デ・メディチの愛人であったことが、彼女をより魅力的にしている。
これらの逸話が人々を惹きつけていることは間違いない。
でも、もっと大切なことがあろう。
日本人なら。

彼女を語る上で、誰もが避けてきたであろうこと。
この点を指摘してしまえば、程度の低い人間だと思われるだろう。
でも、だからこそみんな本当は言いたいんじゃなかろうか。
みんな、あえてそれを見つめないようしているんじゃなかろうか。
もう、我慢のげんかいだろ?

それは、彼女の夫マルコ・ヴェスプッチがあのアメリゴ・ヴェスプッチの遠縁に当たること。
なんかじゃなく。
もっと、目に見えて単純なこと。
サンドロ・ボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」のモデルが彼女だとかそうでないとか。
そんなことはどうだっていい。

大事なのは名前だ。
絶世の美女にして「シモネッタ」というオモシロネーム。
日本人ならこの名前に「下ネタ」という言葉が連想されて当然である。
それは当然の権利だ。
思想・良心の自由は保障されています。
下ネタというものと、本来対極の位置になければならない彼女のドラマティックな22年の生涯。
しかしながら、日本人はそんなドラマよりもまず名前ありきで彼女を記憶するだろう。
そうでなければおかしい。
あの、なんか下ネタっぽい名前のヤツ。
こんな具合だろう。
入り口はそんなんでいいんです。
どうせ大した記憶力もないのだから。
こんなことででも覚えられたほうがいいんです。
そこから先は好きなように調べればいい。
どんな風に彼女を記憶しても構わない。
でも、シモネッタで下ネタを連想しなかったなんていって欲しくない。
そんなきれいごとには何の価値もない。

このくだらない駄洒落みたいな発想からは誰も逃げられません。
だったら、正々堂々しようじゃないかってことを言いたいね。

以上。