ライター:チンタ=ポンタ
あえて、誰でも知ってるようなことを紹介したい。でも、誰にも知られずに終わって しまう可哀想なものも紹介してあげたい。だから、目にとまったものを適当に紹介し ます。
第34回 トロッコ問題を紹介します。

あなたは、トロッコに乗っています。
楽しいなぁ、楽しいなぁ、いや、そうでもねぇなぁ、でもビュンビュン飛ばしていくぜ!
そんなことを考えながらぶっ飛ばしていると、自分が風になった気が……してこない。
振動がすごいから。
とか考えて、調子に乗っていると異変が。
やべっ!制御が利かない。
どうしましょう。
トロッコはスピードを上げ線路を暴走。
ふと前方に目をやれば、線路の上に5人の男達。
何スタンドバイミーしてんだよ!
とか思いながらも額には冷たい汗が毎秒5リットルで溢れ出てくる。
このままじゃあの5人を轢き殺してしまう。
あと、自分も干乾びて死ぬ!
トロッコを別路線に引き込んでやり過ごそう。
その考えはアリだね。
ぜひ採用させてもらうよ。
自分の中のもう一人の自分にお墨付きをもらった意見を実行に移そうとしたまさにそのときだね。
あれ?目がおかしくなったのかな?こっちにも人がいる。
こっちにもいるよ。
自分が今まさにトロッコを移そうとしている別の路線にも人が。
こちらはただ一人、呆然と立ち尽くしている。
何?今トロッコの線路に立つの流行ってんの?
こっちに移せないじゃん!ピ~ンチ!
もうすぐ分岐点。
このまま何もせずに突っ切れば5人を撥ね飛ばすことになる。
かといって路線を代えれば、別の1人を死なせてしまう。
あなたはこのピンチをアクロバティックに誰も殺さず攻略することはできない。

どちらの道を選びますか?

これが有名な「トロッコ問題」だ。
イギリスの哲学者フィリッパ・フットが提起した倫理学の思考実験だがどうだろう。

5人を助けるために1人を犠牲にしていいのだろうか。
単純に数の問題だと思えば5人助けるべきだという意見になるが、それでいいのか。
自分が手を加えなければ5人は死ぬが、それを助けるために手を加えて1人を殺すのは許されるのか。
では、そのまま5人を死なせた場合、差し引き4人殺したことにならないか。
トロッコを移して1人を死なせた場合は移した人は道徳的責任を負うべきか。
問題はいろいろある。

そもそもなんでそんなところに人が?

こういった倫理感を問う問題は考えれば考えるほど泥沼化して頭が痛くなる。
だからなるべく考えたくない。
無理な二者択一は実際にその場面にならなければ答えなんか出せない。
でも、実際にその場面になったときに、冷静に判断ができるだろうか。
後々、後悔のない決断ができるだろうか。
こういう時はこうと決め撃ちにしておけば、それでも多少気は楽か。
そう思えばこういう思考実験にも意味はありそうだ。
でも私は答えを出せない。
今決めて、決め撃ちにしても、今の決断を後悔するから。

以上。