ライター:チンタ=ポンタ
あえて、誰でも知ってるようなことを紹介したい。でも、誰にも知られずに終わって しまう可哀想なものも紹介してあげたい。だから、目にとまったものを適当に紹介し ます。
第28回 赤兎馬を紹介します。

汗血馬という馬をご存知だろうか。
「血のような汗を流して走る馬」という意味でこの名がついている馬の種類だ。
この馬は前漢の武帝の時代に、張騫の報告によってその存在が中国に知れ渡った。
張騫はこの馬をフェルガナの地で見つけ、それを武帝に報告した。
武帝はこれを激しく欲しがり、外交によって手に入れようとしたが決裂したため、遠征軍を送り込んだ。
馬が欲しくて戦争起こしちゃったよ、この人。
結局この馬を武帝は手に入れるのだが、このときに嬉しすぎて「西極天馬の歌」を作らせたりしている。
馬好きすぎてプロデュースしちゃったよ、この人。

汗血馬は一日に千里走るといわれている。
千里は約500Kmだから、車でも遠慮したいのに、馬でこの距離を移動したらお尻が3つに割れちゃうね。

この汗血馬をモデルに誕生したのが赤兎馬だ。
赤兎馬は「三国志」および「三国志演義」に出てくる名馬だ。
「赤い毛色を持ち、兎のようにすばやい馬」だそうだ。
はじめは董卓が持っていたが、呂布に送られた。
このとき「人中に呂布あり、馬中に赤兎あり」と称されほど活躍した。
呂布は数々の武勇を轟かせた英雄だが、反覆も繰り返していたため「裏切りの将」と語られる。
この呂布は曹操に敗れてしまう。
かわいそう。

その後赤兎馬は曹操のものとなる。
しかし、曹操のもとにあるときは、誰もこの馬を乗りこなすことができなかった。
赤兎馬はとても気性が荒いのだ。
この馬その後、関羽に贈られる。
曹操は関羽に心酔し、自分の部下にしようとしていた。
しかし、関羽にその気はなく、贈られた他の様々なプレゼントは総て彼の心に届かなかった。
だが、この馬を贈ったところ、大変喜び、見事に乗りこなして見せたという。
そのとき、関羽はこう言った。
「この馬ならどんなに遠くとも兄者(劉備)の居所が分かればすぐに飛んでいくことができるでしょう」と。
このとき曹操は関羽の忠義ぶりを改めて思い知らされた一方、片思いの辛さ経験した。

その後、関羽が死んだら、呉の馬忠に与えられたが、絶食して死んだらしい。
馬のお話はこれでおしまい。
以上。