ライター:チンタ=ポンタ
あえて、誰でも知ってるようなことを紹介したい。でも、誰にも知られずに終わって しまう可哀想なものも紹介してあげたい。だから、目にとまったものを適当に紹介し ます。

第22回 山葵を紹介します。 


小さい頃、こんなものを平気で口にしている周りの大人達に不信感を感じていた。
絶対に無理してる。
あいつらは我慢してるんだ。
食べられるフリをしておかなければ格好がつかないし、そうでなければ大人として認められないから仕方なく口の中に運び続けるんだ。
食べられないとなれば、大幅に減給を喰らい、ボーナスもカットされるんだ。
だからみんな必死なんだ。
本当はこんなもの、食べられる代物じゃないことはみんな知っている。
でも、伝統がナンだとか、風習がどうだとか、憲法でアレしてるからとか、何かしら生魚のあの独特の生臭さを中和してくれるものがないかとか、いろんな事情を考慮したら食べざるをえないのだ。
この国の悪しき歴史や、人類の汚い部分を無理にでも肯定している気がして、とても気分が悪かった。
私は断じて口にしない。
そう思っていた。

最近はといえば、生魚を喰らうときには確実といっていいほどこれを食している。
あの鼻につんとくる感じに馴染んだわけじゃない。
いまだに少しのためらいと恥じらいを胸に、緑の悪魔に挑んでいる。
無いほうが楽なのではないか。
毎回考える。
でも、使ってしまう。
不思議だ。
でも、悔しくなんかない。
別に屈したわけではない。
社会に、世間に強いられているわけではない。
この国、この世界は、山葵を食べられない人々にも寛容であることもわかったし、決して大衆に迎合しているわけじゃない。
要は、自分の意思なのだ。

では、何故自らこれを受け入れようと思ったのか。
食べてしまわないように、食べてしまわないように生きてきたはずなのに。
なるべく、きれいな水のある沢には近づかないようにしていたのに。
どこで接触してしまったのか。
きっと、悪い蛇にだまされて口に入れてしまったのだろう。
そうして、守られた子供の世界(エデン)から追放され旅に出る。
大人になるってそういうことなのかもしれないな。

無理やりまとめようとして意味わかんないこと口走ってしまったが、ワサビはやっぱりなくてはならないものですね。

以上。