ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
特別編 THE CONTE MUST GO ON


  明転。舞台下手側にAが立っている。

A「(誰かと話をしている仕草で)……ワッチュア・ネイム?…マイ・ネイム・イズ・トム・ブラウン!…ジス・イズ・マイ・ホームタウン!…ハウ・アー・ユー!…アイム・ファイン・センキュー・エンヂュー?」

B「(上手から手を振りながら登場)…アイム・ファイン・トゥー・センキュー!」

A「(Bの突然の登場に驚き)おおっ!」

B「よお!なんか、電車止まっちゃったみたいだね」

A「そうそう、人身事故らしいよ」

B「けど、えらいなぁ。駅のホームで電車を待ってる間にも英会話の勉強?」

A「ああ、まあ一応ね」

B「ぬかりないねぇ。来月からアメリカの大学だもんね」

A「うん、まあ、そうなんだけど…実は俺、ほんとに最近不安でさぁ。もちろん向こうで暮らすためのお金の問題とか、アメリカと日本の文化的な違いとか、問題はいろいろあるんだけど、やっぱりいま一番気がかりなのは、俺がちゃんとハーバード大学の講義についていけるかってこと。ハーバード大学って知っての通り学生のレベルもそこそこ高いわけで…」

B「(うつむき加減で黙ったまま)……」

A「…その中で自分が一体どれくらいできるのかっていうとやっぱり未知数なわけでしょ?ハーバード大学は俺の昔からの憧れだったし、これから自分がハーバード大学で学べるっていうことを素直に喜びたいとは思うんだけど、ハーバード大学ってなると逆に不安の方がまさってしまうっていう現状に対してどう対処していくかって考えた場合に、やっぱりハーバード大学…」

B「(突然)ちょっと待て!」

A「…は、はい」

B「とにかく、まずはなにも訊かずに俺のジーパンの膝に施されたダメージ加工をじっくりと見てほしい!話はそれからだ!」

A「…え!?よくわかんないけど、うん…(じっくりと見つめる)」

B「どうだ?」

A「どうって、まあ、かっこいいと思うけど…」

B「違う!お前の目は節穴か!?もっとじっくり見てくれ!なにかが浮かび上がって見えるはずだ!」

A「え、あ、うん…(じっくりと見つめる)」

B「こことここが目で、ここが鼻で、ここが口で…」

A「あ…ああっ!!!」

B「だろ?」

A「こ、これ…人の顔じゃねえか!」

B「そう!そうなんだよ!買ったときはこんな模様じゃなかったのに!」

A「し、しかも、アメリカの映画俳優…」

A&B「ジャ、ジャック・ニコルソンそっくりだ!」

B「それも満面の笑みの!」

A「こえ~!誰かの怨念かもしれねえな!」

B「ジャ、ジャック・ニコルソンの怨念!?」

A「こえ~!」

B「けど、俺、ジャック・ニコルソンに恨まれる覚えは一切ねえよ!」

A「じゃあ誰の!?」

B「ジャ、ジャック・ニコルソン風の男の怨念!?」

A「それだ!ジャック・ニコルソン風の男の怨念に違いねえよ!こえ~!」

B「誰だよ、ジャック・ニコルソン風の男って!?」

A「こういうのって、大抵身近な人間の仕業さ!」

B「ジャ、ジャック・ニコルソン風の身近な人間!?…そりゃジャック・ニコルソンだよ!」

A「そ、それだ!一番身近でジャック・ニコルソン!決まり!間違いねえよ!こえ~!」

B「ジャ、ジャック・ニコルソンの怨念の仕業ってわけか!」

A「うわ、こえ~!」

B「…ちょっとぉ!さっきから『こえ~こえ~』うるさいよ!穿いてる俺の方がずっとこわいんだよ!」

A「(急に冷静になり)…じゃあ穿くなよ」

B「確かにそういう発想もあるにはある…」

A「わかってんならそのジーパン穿かずに別のを穿けばいいだろ?」

B「別のジーパンを穿けばいい…そう言いたいわけだ?」

A「だからそう言ってんじゃねえかよ!」

B「フフフ…(哀しみに満ちた不敵な笑い)」

A「…なんだよ?」

B「…俺が持ってるジーパン、すべての膝が、この模様だったとしたら……どうする?」

A「あっ!どうしよう!?けど、ジーパン以外のズボンを穿けばいいんじゃ…」

B「(押さえ込んでいた感情が解き放たれるように、突然)こわいよ、俺!ずっと平気な顔して今までジーパン穿いてきたけど、もう俺一人ではこの問題、到底抱えきれないよ!!!」

A「…今まで気付いてやれなくて、すまなかった」

B「いつか気付いてくれると信じて、ずっといままで一人で!!!」

A「すまない、お前が悩んでるだなんて全く気が付かなかった…」

B「この間お前んちに遊びに行った時、俺、ずっとジブリ映画を絶賛してたよな!?」

A「あ、ああ」

B「(深刻そうに)…気付かなかったか?」

A「もちろん気付いたけど、いちいちコメントするのも面倒だし、正直、適当に相槌打って…」

B「違う!そうじゃない!」

A「…え?」

B「…あれが俺の、SOSのサインだったんだ!」

A「ジブリ映画を絶賛する、イコール、お前のSOS……しまった!俺、お前の大事なSOSを見逃しちまってんじゃねえかよ!」

B「確かにノーヒントであのSOSに気付くのは難しかったかもしれない……しかし!…お前にならわかってもらえると思って、俺はあえて少し難易度の高いサインを日頃から出し続けていたんだ!」

A「なんで難易度高めにしたんだよ!それじゃわからねえに決まってんだろ!……けど、俺、お前の期待に答えられなかったことが悔しくて堪らねえ!…ところで、ほかにはどんなサインを?」

B「えっと、たとえば、肘を触る…眉毛をポリポリ掻く…」

A「何気ない!そんな何気ない仕草の中にもメッセージが!?…ほかには?」

B「小指の爪だけ伸ばしたり、ラーメン屋でバイトを始めたり、フラワーをアレンジメントしたり、ねじり鉢巻したり…あらゆるジャンルの…」

A「難しい!ノーヒントじゃ俺には難しすぎる!祭りでもないのにねじり鉢巻してる時はさすがに『どうしたんだろう、こいつ?』とは思ったけど、それ以外の行動は全く気にも留めなかった!…そういえば、ねじってない鉢巻をしていたこともあったけど、あれももしかして!?」

B「あれはファッション」

A「あれはファッションか。なるほど、ねじったのとねじってないのとでは全然違うってわけか!」

B「その差は歴然だよ!鉢巻なんかねじったら笑われるんじゃないかって、ずっとビクビクしながら…それでも俺、お前に気付いてもらいたかったから…」

A「すまなかった!それにしても、そんなにSOSのサインを出してくれていたのに気が付かなかったなんて、ほんとに情けない限りだ!くそっ!この薄情者!」

B「自分をそんなに責めないでくれよ。結局こうして俺は悩みを打ち明けることができたわけだし、そのことはもう…」

A「いや!自分で自分が許せないよ!…俺、将来は生徒の発するSOSにちゃんと気付いてあげられるような立派な教師になろうと思っていたんだけど、こんなことじゃ大幅に路線変更だ!仕方ない!俺、公認会計士になるよ!」

B「俺はお前が決めたことを否定したりはしないよ……ただ!…『仕方ない』なんて言い方は公認会計士の皆さんに失礼じゃねえのか!?」

A「えっ!?そんなつもりじゃ…」

B「謝れよ!」

A「えっ!?」

B「公認会計士の皆さんに謝れよ!この場を借りて!」

A「いや、だから……そんなつもりで言ったわけじゃ…」

B「謝れ!見苦しい言い訳はやめて謝れ!謝れよ!」

A「なんでだよ…」

B「謝れ!…(半分泣いている声で)公認会計士の皆さんに謝れ!(泣きながら)謝れ!!!」

A「なんでお前が泣くんだよ…」

B「謝れ~~~っ!!!」

A「え、いや、だって…」

B「…う、うちのパパは公認会計士なんだ~~~っ!!!」

A「…わ、悪かった悪かった!俺、お前の親父さんが公認会計士だなんて知らなかったから、つい…」

B「パパだけじゃない!ママも公認会計士なんだ~~~っ!!!」

A「悪かった!全面的に俺が悪かった!お前がそんなに公認会計士と関わりが深いなんて知らなかったから…」

B「いいよ、もう!悲しい思いをしてるのは俺だけじゃないんだし!どうせ地球上には恵まれない子供たちがたくさんいるわけだし!」

A「…最悪だな、お前」

B「地球だって悲しんでる!」

A「地球!?話が飛躍しすぎじゃ…」

B「地球温暖化に異常気象に砂漠化…どれもみんな地球から俺たちへのSOSのサインだろ!?違うか!?」

A「それは確かに…」

B「全然気付けてねえんだよ、俺たちは!地球が一体どんなに辛い思いをしてSOSのサインを送っているのか…」

A「ちょ、ちょっと待った!」

B「…なに?」

A「ん?あれ?もしかして…SOS……SOS?」

B「SOSがどうかしたか?」

A「もしかして、お前のジーパンのその模様…」

B「なに?」

A「誰かのSOSなんじゃ!?」

B「え!?どういうこと!?」

A「誰かがお前の手持ちのジーパンを通じてSOSのサインを送っている…そうは考えられないか!?」

B「なんだよ、その現象!?もしそうだとしたら大発見だよ!早く学会で発表しなきゃ!」

A「ちょっと待て!早まったマネはよしたほうがいい!科学的な根拠は一切ない!」

B「確かに最初は認められないかもしれない…けど!」

A「ダメだ!…それにまず、そのSOSを送ってきた誰かのピンチを解決するのが先決だろ?」

B「なるほど……と、いうことは…」

A&B「ジャ、ジャック・ニコルソンが危ない!!!」

B「ジャック・ニコルソンの身に一体なにが?」

A「わからない。直接本人に訊いてみよう」

B「本人に!?どうやって!?」

A「向こうがこうしてお前のジーパンを通じて交信してきたということは、こちらからもそれは可能だということ…」

B「…どういうこと?」

A「ちょっとは頭使え…(得意気に)いやいや、ジーパン使えよ!」

B「…つまり?」

A「…ジャック・ニコルソンと、ジーパンを通じてコミュニケーションをはかるんだ!」

B「す、すげえ!」

A「画期的だろ!?」

B「ああ!」

A「時代はついに…」

A&B「高速デニム通信時代の幕開けだ!!!」

B「よし!…(自分の膝に向かって)ジャック・ニコルソンさん聞こえますか?いま少しお時間頂けますか?」

A「ずるいぞ、お前一人でニコルソンさんと会話しようだなんて!それに英語じゃないと通じないに決まってるだろ!?」

B「あ、おっしゃる通り。じゃあ、高速デニム通信の記念すべき第一声を、二人で!」

A「やった!ありがとう!」

B「…緊張するなぁ、トム」

A「ああ、緊張する」

B「…それじゃ、早速」

A「いくぞ…(小声で)せーのっ!」

A&B「ハウ・ドゥ・ユ・ドゥー・ミスター・ニコルソン!ナイス・トゥ・ミーチュー!!!」

  暗転。

ニコルソン「(ものすごく発音のいい英語で)ナイス・トゥ・ミーチュー・トゥー!」


***


「特別編」と題した今回は、僕が1年程前に書いたコントを掲載しました。

当時の僕が自分なりにおもしろいと思うモチーフを積み重ねて書き上げたこのコントは、紙面上で読んでいる分にはそれなりにおもしろい(と、少なくとも僕は思う…)のですが、声に出して読み上げた途端にそのおもしろさが一切合財どこかへ消え去ってしまう、といった類のものでした。
演じる者の身体性を無視して書き上げたコントはもはや演芸ではないし、まして文学などであるはずがない。
そう感じて以降、僕はコントを書かなくなりました。

そして、そんな自分を慰めるようにして書いてきたコラムも、今は全然筆が進まずにいるのです。
情けない……でも、まだもう少しやってみようとも思っています。

先日、THE CLASHのヴォーカルだったジョー・ストラマーのドキュメンタリー映画『LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー』を観に行きました。
彼の人生は最高にカッコよくて、と同時に、最高にカッコ悪くもありました。
理屈じゃなくて僕は、何かに突き動かされるようにして、何かを吐き出してみようと思いました。


僕はコラムを書き続けます。


特別編 THE CONTE MUST GO ON 終