
ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第27回 あずきちゃんと勇之助くんとぼくⅠ
恋愛モノの少女漫画のおもしろさは、男性キャラクターの「人間臭さ」によって大きく左右される、というのが僕の持論だ。
この持論は、僕が中学2年生の頃からごくごく最近まで、毎月『別冊マーガレット』(集英社)を購読していた中で抱くようになった考えであり、今後もきっと揺らぐことはないだろう。
姉も妹もいない僕がなぜ『別冊マーガレット』を読むようになったのかは、連載コラムのネタが一向に思いつかず、「いっそ死んでしまおうか」と夜の浜辺で体育座りのまま、九十九里の沖合いをじっと見つめながら苦悶する週までとっておくことにして、今週はなぜそうした強固な持論を抱えるに至ったのか、その理由についてつらつら書き綴っていくことにしようと考えていた矢先、僕はとある動画配信サイトで実に懐かしいアニメ作品が全話完璧な形でアップされているのを発見してしまったのである。
それがそもそもの間違いだったのだと今ははっきりと言い切れるが、言い切れるからといって、発見してしまったからには、もうどうにかなるというものでもない。
僕は今、暇さえあれば『あずきちゃん』を観ている。
メシを食う間にも、歯磨きをする間にも、寝ても覚めても、僕は『あずきちゃん』ばかり観ている。
だから、僕は最近『あずきちゃん』のことしか考えていない。
つまり、このコラムはこれ以降『あずきちゃん』についての文章になってしまうということだ。
『恋愛カタログ』における高田くんのあり方に対する批判や、『ラブ★コン』における大谷の人物造形の妙について書こうと考えた上で書き始めたコラムの冒頭部分に、どうにか『あずきちゃん』でもって繋げていくのがこの文章の課題だ。
そんなことを読者のみなさんに曝け出す必要もないのだが、人には「心の準備」というものが必要である。
みなさんに「心の準備」をしてもらうために今この文章を書いているわけであるが、こうした言い訳とも受け取れる文章を長々と書いている場合でないこともわかっているつもりなので、そろそろ『あずきちゃん』について書いていこうと思っている。
さてさて、『あずきちゃん』は、1995年から1998年までの3年間、NHKで放送されていたテレビアニメ番組であり、僕は当時その放送を毎週欠かさずチェックしていた。
小学5年生の女の子・野山あずさ(通称・あずき)とそのボーイフレンド・小笠原勇之助の恋愛を軸に描かれた『あずきちゃん』の物語は、今改めて観直してみると、設定をそのまま高校生にしたとしても問題ないほど大人びたもので、そんなアニメを家族で夕飯を食べながら至って普通に観ていたことに、驚きを隠しきれないというのが正直なところである。
それに、僕はきっとその頃、『あずきちゃん』の話を半分も理解できていなかったように思う。
異性に対しての恋愛感情とはどんなものなのか、なんて微塵も知らなかった当時の僕に『あずきちゃん』の本当のおもしろさなど理解できるわけがない。
『あずきちゃん』にはラブストーリーにおけるあらゆる要素が詰め込まれている。
小学生という設定上もちろん「エロ」は一切ないけれど、だからこそ恋愛による心の動きが純化されていて、それが痛いほどに視聴者の胸を打つのだ。
しかしながら、『あずきちゃん』の原作はあの秋元康。
彼が一枚噛んでいるとなると、いつもどうしても素直になれない自分がいるのだが、『あずきちゃん』に関しては、もう喜んで彼の術中に陥ってやろうと思えてくるから不思議である。
登場人物たちの絶妙なパワーバランスがきっと僕をそうさせているのだと思うが、登場人物についての考察を行っていると、ここまで書いた文章の倍以上は書かなくてはならなくなるので、とりあえずこのコラムは一旦ここで締めたいと思う。
来週は登場人物の相関図をイラスト付きで用意して、「あずきちゃん&勇之助くんカップル」と「かおるちゃん&ケンちゃんカップル」と「トモちゃん&マコトくんカップル」、それぞれの胸キュンな部分を次から次へと列挙した上で冒頭に書いた<恋愛モノの少女漫画のおもしろさは、男性キャラクターの「人間臭さ」によって大きく左右される>という持論に繋げていこうと考えているが、「このコラム、今まで書いたコラムの中でも一番ヒドい出来の文章なのではないか!?」とはたと思い当たってしまった僕は、今まさに冷蔵庫からアクエリアスのペットボトル(2ℓ)を取り出して、そのままラッパ飲みでガブガブいっちゃってるところなので、こんな予告が有効になるかどうかは実に怪しいものだと思ってもらっても結構である。
そんなわけで、このヒドい文章は次週へと続く。
最後にひとつだけみなさんに伝えておかなければならないのは、『あずきちゃん』のコンプリートDVDボックスは、Amazonで、20万円する(!)ということだ。
観るならインターネットしかないですよ!
すべてのコンテンツがタダになろうとしている時代……とりあえず、バンザ~イ!
恋愛モノの少女漫画のおもしろさは、男性キャラクターの「人間臭さ」によって大きく左右される、というのが僕の持論だ。
この持論は、僕が中学2年生の頃からごくごく最近まで、毎月『別冊マーガレット』(集英社)を購読していた中で抱くようになった考えであり、今後もきっと揺らぐことはないだろう。
姉も妹もいない僕がなぜ『別冊マーガレット』を読むようになったのかは、連載コラムのネタが一向に思いつかず、「いっそ死んでしまおうか」と夜の浜辺で体育座りのまま、九十九里の沖合いをじっと見つめながら苦悶する週までとっておくことにして、今週はなぜそうした強固な持論を抱えるに至ったのか、その理由についてつらつら書き綴っていくことにしようと考えていた矢先、僕はとある動画配信サイトで実に懐かしいアニメ作品が全話完璧な形でアップされているのを発見してしまったのである。
それがそもそもの間違いだったのだと今ははっきりと言い切れるが、言い切れるからといって、発見してしまったからには、もうどうにかなるというものでもない。
僕は今、暇さえあれば『あずきちゃん』を観ている。
メシを食う間にも、歯磨きをする間にも、寝ても覚めても、僕は『あずきちゃん』ばかり観ている。
だから、僕は最近『あずきちゃん』のことしか考えていない。
つまり、このコラムはこれ以降『あずきちゃん』についての文章になってしまうということだ。
『恋愛カタログ』における高田くんのあり方に対する批判や、『ラブ★コン』における大谷の人物造形の妙について書こうと考えた上で書き始めたコラムの冒頭部分に、どうにか『あずきちゃん』でもって繋げていくのがこの文章の課題だ。
そんなことを読者のみなさんに曝け出す必要もないのだが、人には「心の準備」というものが必要である。
みなさんに「心の準備」をしてもらうために今この文章を書いているわけであるが、こうした言い訳とも受け取れる文章を長々と書いている場合でないこともわかっているつもりなので、そろそろ『あずきちゃん』について書いていこうと思っている。
さてさて、『あずきちゃん』は、1995年から1998年までの3年間、NHKで放送されていたテレビアニメ番組であり、僕は当時その放送を毎週欠かさずチェックしていた。
小学5年生の女の子・野山あずさ(通称・あずき)とそのボーイフレンド・小笠原勇之助の恋愛を軸に描かれた『あずきちゃん』の物語は、今改めて観直してみると、設定をそのまま高校生にしたとしても問題ないほど大人びたもので、そんなアニメを家族で夕飯を食べながら至って普通に観ていたことに、驚きを隠しきれないというのが正直なところである。
それに、僕はきっとその頃、『あずきちゃん』の話を半分も理解できていなかったように思う。
異性に対しての恋愛感情とはどんなものなのか、なんて微塵も知らなかった当時の僕に『あずきちゃん』の本当のおもしろさなど理解できるわけがない。
『あずきちゃん』にはラブストーリーにおけるあらゆる要素が詰め込まれている。
小学生という設定上もちろん「エロ」は一切ないけれど、だからこそ恋愛による心の動きが純化されていて、それが痛いほどに視聴者の胸を打つのだ。
しかしながら、『あずきちゃん』の原作はあの秋元康。
彼が一枚噛んでいるとなると、いつもどうしても素直になれない自分がいるのだが、『あずきちゃん』に関しては、もう喜んで彼の術中に陥ってやろうと思えてくるから不思議である。
登場人物たちの絶妙なパワーバランスがきっと僕をそうさせているのだと思うが、登場人物についての考察を行っていると、ここまで書いた文章の倍以上は書かなくてはならなくなるので、とりあえずこのコラムは一旦ここで締めたいと思う。
来週は登場人物の相関図をイラスト付きで用意して、「あずきちゃん&勇之助くんカップル」と「かおるちゃん&ケンちゃんカップル」と「トモちゃん&マコトくんカップル」、それぞれの胸キュンな部分を次から次へと列挙した上で冒頭に書いた<恋愛モノの少女漫画のおもしろさは、男性キャラクターの「人間臭さ」によって大きく左右される>という持論に繋げていこうと考えているが、「このコラム、今まで書いたコラムの中でも一番ヒドい出来の文章なのではないか!?」とはたと思い当たってしまった僕は、今まさに冷蔵庫からアクエリアスのペットボトル(2ℓ)を取り出して、そのままラッパ飲みでガブガブいっちゃってるところなので、こんな予告が有効になるかどうかは実に怪しいものだと思ってもらっても結構である。
そんなわけで、このヒドい文章は次週へと続く。
最後にひとつだけみなさんに伝えておかなければならないのは、『あずきちゃん』のコンプリートDVDボックスは、Amazonで、20万円する(!)ということだ。
観るならインターネットしかないですよ!
すべてのコンテンツがタダになろうとしている時代……とりあえず、バンザ~イ!
第27回 あずきちゃんと勇之助くんとぼくⅠ 終
| 第43回 | ぼくは鼻セレブで尻を拭く | 2008.03.24 |
| 第42回 | 小林秀雄とぼく | 2008.02.11 |
| 第41回 | 「お米は生きている」とぼく | 2007.12.21 |
| 第40回 | ぼくのお尻はめちゃくちゃ汚い | 2007.11.13 |
| 第39回 | ぼくのゲーム王国 | 2007.11.01 |
| 第38回 | ぼくの最強ドラムプレイ | 2007.10.24 |
| 第37回 | ぼく、サム・ペキンパーのなんなのさ | 2007.10.16 |
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| 特別編 | THE CONTE MUST GO ON | 2007.09.15 |
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| 第33回 | ぼくのセカンドライフ漫遊記 | 2007.08.09 |
| 第32回 | 記憶と歴史とぼくのCD | 2007.08.01 |
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| 第27回 | あずきちゃんと勇之助くんとぼくⅠ | 2007.06.26 |
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