ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第25回 ぼくのファッション通信


つい先日、そろそろ夏服でも買おうかなと思い立ったので、渋谷から原宿まで代々木公園を経由してブラブラと歩きながら適当に服屋を巡りました。
高校生が弁当やジャージなどを入れて歩くのにぴったりなオレンジ色をした袋がもらえることでお馴染みの某有名セレクトショップで、この夏のへヴィローテーション入りを視野に入れてTシャツを物色していると、僕が広げたTシャツを間髪入れずに畳み直す店員を発見してしまいました。

もし俺が裁判長でお前が被告人だったとしたら、お前がどんな罪を犯したかとか、過去の判例がどうとか、そんなことは全く度外視して、絶対に死刑を申し渡してやるからな!

周囲の人たちの想像を遥かに超えた度の入った眼鏡のレンズ越しに、その店員のことをギロリと睨みつけてやったところ、そいつも僕のことを「そんなダサいリュック背負って俺様の働くBEAMSに来るなんて、いい度胸してやがるな!」という目で睨み返してくるから、さあ困りました。
その場を離れ、とりあえず「SALE」の札が貼り付けられた棚の方へ向かったのはいいものの、実際に商品の値札を見てみると1万5000円だった商品が1万円に値引きとのこと。

何が「SALE」だ、バカヤロー!
調子乗ってんじゃねえよ!

思わず声を上げてしまいそうになるのをなんとか飲み込んで、僕はそそくさと店を出ました。
おしゃれな服屋は何度行っても緊張します。
「お前の来るところじゃねえんだよ!」と言われている気がして、妙に気を張ってしまうのです。
終始フレンドリーな態度で服屋を巡るのが僕のささやかな夢ですが、そんな日がやって来る兆しは、今のところ一向にありません。

中学生の頃、1人で出かけた名古屋のPARCO
今以上にイモ臭い格好(もちろんスポーツ刈り)で歩いたPARCOの店内。
あの時の押し潰されてしまいそうな感覚を20歳になった今でも感じることになろうとは!

店員に話しかけられたら、そりゃあビビります。
「Tシャツ、全然広げてもらっちゃっていいんで!」とか、「よかったら鏡見て合わせちゃってください!」とか、「あ、は、はい……」としか受け答えのしようがないです。
「服屋の店員なんてとっちらかった服畳んでりゃいいんだから、四の五の口出しするんじゃねえよ!」と言いたい気持ちもたまには芽生えますが、そうした芽はすぐに摘み取ります。

おしゃれな服屋の服の値札は、なぜあんなに巧妙に隠してあるのでしょうか?
値札をわざわざ服の内側から1枚1枚取り出してペラペラとめくっていく作業が煩わしくて仕方がありません。
あの作業をしに、服屋を訪れていると言っても過言ではないくらいです。
もはやバイト代をもらいたいくらいです。
値札をペラペラとめくって「まあ、この服は5000円くらいするだろうな……」と勘繰ったところで1万円を超える値段が書かれた値札に出会ってしまった時の打ちひしがれた感じ。
あれほどイヤなものはありません。
そんな値札は見なかったことにして、平気な顔を保つのがやっとです。

おしゃれな服屋の価格設定はいつも強気です。
古着のくせに3000円以上するTシャツなど、一体誰が買うのでしょう?
どこぞの有名ブランドの服かは知りませんが、古着のくせに3000円以上の値段をつけるなんて、客をナメるのもいい加減にしろって話です。
ただ、例のサルのマークでお馴染みのブランドの服だと「ああ、うん、まあ、仕方ないね……」って気分になってしまいます。
だって、例のあのブランドの服、志村けんさんがいつも着てるし。
っていうか、志村けんさん以外に例のあのブランドの服を着ている人を見たことがありません。
六本木ヒルズの最上階を倉庫として貸し切っているとかいないとかで噂のテリヤキ金持ちボーイズの人には全くいい印象を抱いていませんが、彼のブランドの唯一無二の広告塔が志村けんさんであるということ。
その事実はどこか微笑ましくもあり、強気な価格設定にもいくらか寛容になってしまう大きな要因でもあります。

まあ、いずれにしたって、おしゃれな服屋は腹が立ちます。
「そもそもお前みたいな奴は相手にしてねえんだよ!」という高飛車な感じは、僕の被害妄想ってだけじゃなくて、否定しがたくそこにはあると思うんです。
『STUDIO VOICE』『広告批評』などの雑誌からも、必ず立ち読みはするんですが、同じ印象を受けます。
お笑いなら「ラーメンズ」からそれを感じる人もいるでしょう。
アニメなら『The World of GOLDEN EGGS』からそれを感じる人もいるでしょう。

あの「おいてけぼり感」は何なんでしょう?
あの侮辱されている感じは何なんでしょう?

それは、「わかる人にだけわかってもらえれば……」という態度とはちょっと違う気がします。
「わかる人にだけわかってもらえれば……」という態度には、まだ「選ぶのは君だ!」という前提があると思うんです。
でも、イヤな感じがするおしゃれな服屋は、テメエで客を選んでる。
「来てほしい客」と「来てほしくない客」をテメエで選別してやがる。
そして、客の方もおしゃれな店に選ばれることをステータスだと思っているから、その傲慢さに自分から擦り寄っていく。
そんな関係、すごく不健康です。

僕はそんな関係に与したくないです。
選びたくもないし、選ばれたくもない。
いや、そんな風に言い切れない部分があるからこそ、僕はイヤな感じがするおしゃれな服屋にも足を運び、『STUDIO VOICE』や『広告批評』を読むのでしょう。
そこにはきっと、無意識に選ばれたいと望んでいる自分がいるのです。
自分も「強い者」の仲間入りをしたいだなんて、そんなの正直、反吐が出ます。

とまあ、久々にコラムらしいコラムを書いたのに、こんな調子で文句をタラタラと垂れ流してしまっている自分が哀しいです。
そういえば、このサイトを覗いている母から、先日こんなメールが届きました。


お米で映画評論や人物のふくし君とか
こんなこと書いていいのかと思うけど大丈夫ですか?

心配ですよ?
(文面そのまま)


その後電話をよこした母は、「法的には大丈夫なのか?」と、僕の書いた文章に違法性がないかどうかをしきりに訊ねてきました。
法的には全く問題ないとは思いますが、社会的にはどんどんゾンビ化していっている気がしないでもないです。
でも、果物は腐りかけが一番美味しいものですし、僕としても腐りかけの状態をこのままキープしていきたいところです。
それに、親に心配されるくらいがちょうどいいんです、こういうのは。
たぶん……。

とにかく、客の広げたTシャツをすぐに畳み直す店員は全員「魂の経験が浅い」ということで片づけて、僕はこのコラムを無理矢理終えることにします。


はぁ~、スピリチュアル! スピリチュアル!


第25回 ぼくのファッション通信 終