
ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第22回 ぼくは味のしないガムを噛み続けた
永久に味のなくならないガムが噛みたい。
10分やそこらで味のしなくなるガムなんてもう噛みたくない。
だって、本当は作れるはずなのだ。
味のなくならないガム。
永久に味がなくならないっていうのは無理にしても、1日中味が持続するガムくらいなら作れるはずだ。
ガムのことに詳しいわけではないけれど、そんな気はしている。
でも、それを作っちゃうとガムが売れなくなるから作らない。
きっとそういうことなのだ。
ずるい。
ガムを作る人の生活を守るために、ガムはもうこれ以上進化しない。
いろんな味のガムが開発されているけれど、味なんて本当はブルーベリーとミントと梅の3種類があればあとはどうだっていいのだ。
僕らが求めているのはいろんな味のガムなんかじゃない。
僕らが求めているのは永久に味のなくならないガムなのだ。
それに気づいているクセに、奴らは一向に味のなくならないガムの開発に着手しようとしない。
いや、もしかしたら、奴らはあまりにもガムのことを愛するあまり、一生ガムを作り続けることができるようにと、味のなくならないガムを作るのを拒んでいるだけなのかもしれない。
しかし、ガムの発展的な未来よりもガムと長く付き合っていくことを選ぶのは、果たして本当にガムを愛する者の態度と言えるのだろうか。
僕は断言する。
奴らにガムを作る資格などない。
ならば自分でガムを作ろう。
そこまで考えが至った時、僕は自分の目の前にパッと道が開けるのを感じた。
僕はその日から図書館に通いつめ、ガムに関する厖大な量の文献を片っ端から読み漁った。
ガムについて知れば知るほど、僕はガムの魅力にとりつかれていった。
それからしばらくして、僕は実際にガムを作り始めた。
知識だけではどうにもできない問題に幾度もブチ当たりながらも、どうにか試作第1号のガムを作り上げることができたのは、高校1年の初夏のことだった。
僕が初めて自分の力で作り上げたのは、スパイシーチキン味のガム。
そのピリ辛のフレーバーは、試食をお願いしたクラスメイトたちにも概ね好評だったけれど、味の持続という面からすると従来のガムと何ら変わりがなかった。
それは、僕が本当に作りたかったガムではなかった。
第一、味にこだわりすぎていた。
開発の途中で、僕は本来の目的を完全に見失ってしまっていた。
僕は永久に味のなくならないガムが作りたいのだ。
変わった味のガムなんて、全然作りたくもなんともないのだ。
僕は試作第2号以降のガムをすべてブルーベリー味で統一した。
試作を重ねる度に、味の持続時間はだんだんと長くなっていった。
このまま作り続ければ、1日中味の持続するガムの開発も夢ではない。
そう思い始めた頃、味の持続時間の伸びがピタリと止まった。
どんな試行錯誤を繰り返しても、3時間の壁が越えられない。
僕はうろたえた。
これ以上何をしたらいいのかわからない。
とりあえず、僕は自分の作ったガムをひたすら噛むことにした。
噛み始めて2時間40分を過ぎると、徐々に味がなくなっていくのがわかる。
3時間を迎える頃になると、もう完全に味はなくなる。
それでも僕はガムを噛み続ける。
4時間、5時間、6時間……。
味はしない。
7時間、8時間、9時間、10時間……。
味はしない。
いくら噛み続けても味はしない。
あーなるほど、そういうことか。
噛み続けること12時間。
僕はようやく1つの打開策を見つけ出した。
味のしないガムを作るのだ。
初めから味のしないガムを作れば、永久にガムの味は損なわれない。
そんな単純なことに、どうして今まで気がつかなかったのだろうか。
僕は味のしなくなったガムを噛みながら、初めから味のしないガムを作り始めた。
そうして作った味のしないガムを試食すると、やっぱり味はしなかった。
いくら噛み続けてもしなかった。
でも、味が損なわれることも一向になかった。
僕は初めから味のしないガムがとても気に入った。
そして、僕は初めから味のしないガムをひたすら噛み続けた。
4時間、5時間、6時間、7時間……。
文字通り寝食を忘れて、僕は味のしないガムを噛み続けた。
……21時間、22時間、23時間、24時間。
あれ、味が……。
味がした。
なんだ、この味は。
そうか、血だ。
血の味がする。
24時間味のしないガムを噛み続けると、血の味がするのだ。
大発見。
初めから味のしないガムに味がするようになる。
こりゃあ、すごいや。
いや、でも、変わった味のガムなんて、僕は全然噛みたくないのだ。
僕は血の味がし始めた「初めから味のしないガム」を吐き捨てて、ガム作りそのものをやめることを決意した。
僕は今、ガムを作り続けている人たちのことを心の底から尊敬している。
彼らはきっと皆、味がなくならないガムを1度は夢見て、そしてその夢に破れ、それでもなおガムを愛する気持ちを諦めきれず、いろんな味のガムを作り続けることを選んだのだろう。
僕にはそれができなかった。
僕はそこまでガムを愛していなかったのだ。
今はそんな風に思う。
さて、ここまでの話が、僕とガムの関係のほとんど全てだ。
今僕は図書館に籠って、厖大な量のビーフシチューに関する文献を読破せんとしているところだけれど、今度のビーフシチューはガムの時の二の舞にならないように、気をつけていたい。
ビーフシチューは食べてしまえばなくなるし、そもそもビーフシチューはビーフシチューの味しかしない。
そこにはただ、おいしいビーフシチューとおいしくないビーフシチューがあるだけだ。
僕は自分の手で、おいしいビーフシチューを作るつもりだ。
とにかく僕は今はもう、おいしいビーフシチューのことしか考えられないのだ。
永久に味のなくならないガムが噛みたい。
10分やそこらで味のしなくなるガムなんてもう噛みたくない。
だって、本当は作れるはずなのだ。
味のなくならないガム。
永久に味がなくならないっていうのは無理にしても、1日中味が持続するガムくらいなら作れるはずだ。
ガムのことに詳しいわけではないけれど、そんな気はしている。
でも、それを作っちゃうとガムが売れなくなるから作らない。
きっとそういうことなのだ。
ずるい。
ガムを作る人の生活を守るために、ガムはもうこれ以上進化しない。
いろんな味のガムが開発されているけれど、味なんて本当はブルーベリーとミントと梅の3種類があればあとはどうだっていいのだ。
僕らが求めているのはいろんな味のガムなんかじゃない。
僕らが求めているのは永久に味のなくならないガムなのだ。
それに気づいているクセに、奴らは一向に味のなくならないガムの開発に着手しようとしない。
いや、もしかしたら、奴らはあまりにもガムのことを愛するあまり、一生ガムを作り続けることができるようにと、味のなくならないガムを作るのを拒んでいるだけなのかもしれない。
しかし、ガムの発展的な未来よりもガムと長く付き合っていくことを選ぶのは、果たして本当にガムを愛する者の態度と言えるのだろうか。
僕は断言する。
奴らにガムを作る資格などない。
ならば自分でガムを作ろう。
そこまで考えが至った時、僕は自分の目の前にパッと道が開けるのを感じた。
僕はその日から図書館に通いつめ、ガムに関する厖大な量の文献を片っ端から読み漁った。
ガムについて知れば知るほど、僕はガムの魅力にとりつかれていった。
それからしばらくして、僕は実際にガムを作り始めた。
知識だけではどうにもできない問題に幾度もブチ当たりながらも、どうにか試作第1号のガムを作り上げることができたのは、高校1年の初夏のことだった。
僕が初めて自分の力で作り上げたのは、スパイシーチキン味のガム。
そのピリ辛のフレーバーは、試食をお願いしたクラスメイトたちにも概ね好評だったけれど、味の持続という面からすると従来のガムと何ら変わりがなかった。
それは、僕が本当に作りたかったガムではなかった。
第一、味にこだわりすぎていた。
開発の途中で、僕は本来の目的を完全に見失ってしまっていた。
僕は永久に味のなくならないガムが作りたいのだ。
変わった味のガムなんて、全然作りたくもなんともないのだ。
僕は試作第2号以降のガムをすべてブルーベリー味で統一した。
試作を重ねる度に、味の持続時間はだんだんと長くなっていった。
このまま作り続ければ、1日中味の持続するガムの開発も夢ではない。
そう思い始めた頃、味の持続時間の伸びがピタリと止まった。
どんな試行錯誤を繰り返しても、3時間の壁が越えられない。
僕はうろたえた。
これ以上何をしたらいいのかわからない。
とりあえず、僕は自分の作ったガムをひたすら噛むことにした。
噛み始めて2時間40分を過ぎると、徐々に味がなくなっていくのがわかる。
3時間を迎える頃になると、もう完全に味はなくなる。
それでも僕はガムを噛み続ける。
4時間、5時間、6時間……。
味はしない。
7時間、8時間、9時間、10時間……。
味はしない。
いくら噛み続けても味はしない。
あーなるほど、そういうことか。
噛み続けること12時間。
僕はようやく1つの打開策を見つけ出した。
味のしないガムを作るのだ。
初めから味のしないガムを作れば、永久にガムの味は損なわれない。
そんな単純なことに、どうして今まで気がつかなかったのだろうか。
僕は味のしなくなったガムを噛みながら、初めから味のしないガムを作り始めた。
そうして作った味のしないガムを試食すると、やっぱり味はしなかった。
いくら噛み続けてもしなかった。
でも、味が損なわれることも一向になかった。
僕は初めから味のしないガムがとても気に入った。
そして、僕は初めから味のしないガムをひたすら噛み続けた。
4時間、5時間、6時間、7時間……。
文字通り寝食を忘れて、僕は味のしないガムを噛み続けた。
……21時間、22時間、23時間、24時間。
あれ、味が……。
味がした。
なんだ、この味は。
そうか、血だ。
血の味がする。
24時間味のしないガムを噛み続けると、血の味がするのだ。
大発見。
初めから味のしないガムに味がするようになる。
こりゃあ、すごいや。
いや、でも、変わった味のガムなんて、僕は全然噛みたくないのだ。
僕は血の味がし始めた「初めから味のしないガム」を吐き捨てて、ガム作りそのものをやめることを決意した。
僕は今、ガムを作り続けている人たちのことを心の底から尊敬している。
彼らはきっと皆、味がなくならないガムを1度は夢見て、そしてその夢に破れ、それでもなおガムを愛する気持ちを諦めきれず、いろんな味のガムを作り続けることを選んだのだろう。
僕にはそれができなかった。
僕はそこまでガムを愛していなかったのだ。
今はそんな風に思う。
さて、ここまでの話が、僕とガムの関係のほとんど全てだ。
今僕は図書館に籠って、厖大な量のビーフシチューに関する文献を読破せんとしているところだけれど、今度のビーフシチューはガムの時の二の舞にならないように、気をつけていたい。
ビーフシチューは食べてしまえばなくなるし、そもそもビーフシチューはビーフシチューの味しかしない。
そこにはただ、おいしいビーフシチューとおいしくないビーフシチューがあるだけだ。
僕は自分の手で、おいしいビーフシチューを作るつもりだ。
とにかく僕は今はもう、おいしいビーフシチューのことしか考えられないのだ。
第22回 ぼくは味のしないガムを噛み続けた 終
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| 第42回 | 小林秀雄とぼく | 2008.02.11 |
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