ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第14回 ぼくがウンコを流す前に


レンタル半額の日にTSUTAYAへ出かけ、ビデオをあれこれと物色していると、カゴの中に20枚くらいDVDを入れて、それでもなおビデオを物色している人を見かけました。
「1週間でそんなに観ちゃうのかよ(どれだけ暇なんだよ)」と思うのと同時に「やべえ、俺(めちゃくちゃ暇なのに)全然映画観れてねえよ」と妙な対抗心を抱いている自分がいて、もともと予定していた2本のほかに、『ゴッドファーザー・パートⅠ』を借りてみるも、結局『ゴッドファーザー』だけ観ずに返してしまうという、初めから予想できた行動パターンをとってしまった自分が哀しくなって、2日ほど無気力な状態で、ただ寝て起きて本読んで寝てテレビ見てラジオ聴いて寝て漫画描く、というどうしようもない生活を送ってしまい、「今日こそは充実した1日を過ごすぞ」と決意を新たにしたその朝、僕はウンコをしている最中に突然、あるとんでもない異変に気づいてしまったのです。

ウンコをしているのに、ジャスミンの香りがする!

ウンコをしているのに、どういうわけかトイレ(ユニットバス)の中にはジャスミンの香りが立ち込めている。
この不可解な状況をどう理解するべきなのか、僕はしばらくお尻(無論、臀部ではなくお尻の穴付近)を拭きながら周りを見回し、思いを巡らせてみたのですが、ジャスミンの香りがするその原因についての見当は一向につかないまま、ウンコを流そうとレバーに手をかけたその時にふと思いついたのは、「もしかしたらウンコそのものからジャスミンの香りが発せられているのではないか」という全くもって斬新な発想だったわけです。
そんなわけで僕は立ち上がり、便器(洋式)の中の自分のウンコを眺めてみるに至ったのですが、そこに見受けられたのは、いつもの茶色く不潔な棒状の排泄物などではなくて、ウディ・アレンの初期の快作『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』のVHSとコロコロとした団子状のいつものウンコが3つでした。

こんなものが、どうして?

ウディ・アレンの初期の快作『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』と言えば、巨大なおっぱいがウディ・アレンを襲ったり、ウディ・アレンが精子になって奮闘したりする、下ネタ満載のおバカ映画なわけですが、どうしてこんなものが僕のお尻から急に?
謎は深まるばかりでしたが、コロコロとした団子状のいつものウンコ3つから一際強いジャスミンの香りを嗅ぎ取ることができたので、トイレに立ち込めるジャスミンの香りの原因は案外あっさりと判明してしまったというわけなのです。
それはそうと、僕にはここ数日の間にウディ・アレンの初期の快作『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』のVHSを食べた記憶などもちろんありませんから、そんなものがお尻から出てくる理由などひとつもないに決まっていると高を括ってベルトを締め、「とりあえず写メでも撮っておくか」とトイレを出て携帯電話を握り締めた丁度その時、玄関のチャイムが高らかと鳴り響いたのでした。

こんな時間に一体誰だろう?

平日の朝7時半。
『めざましテレビ』なら軽部アナが芸能ニュースをいつもの軽快な調子で伝え始めてもいい頃です。
こんな時間の来客はこのアパートに引っ越してきてから初めてのことでしたが、一応「はーい」と返事をしてから恐る恐る玄関の扉を20度くらいの角度で慎重に開いたその隙間から見えたのは、ひとりの小男。
薄い頭に黒縁メガネ、付け鼻みたいなデカ鼻に地味なネルシャツ。
胸にぶら下げたアイデンティティ・カードには「NHK」の3文字が。

「受信料、払っていただけますか?」

どこからどう見てもウディ・アレンなその小男は、悪夢のような一言を(英語で)僕に浴びせかけ、どう使うのかはわからない(おそらくは集金のための)黒いメカを右手に持ったまま、ニタニタと薄ら笑いを浮かべて僕の顔を凝視していました。

「うち、テレビないですから」

「自分、不器用ですから」みたいな感じで(英語で)言い放った僕の精一杯の言葉をウディ・アレンはニタニタ顔を続けたまま聞き流しました。
『アニー・ホール』観ても思ったけど、ウディ・アレンの笑った顔って無邪気さがなくてなんか気味悪いなぁ。
そんなことを思いながら、僕は自分の右手に握り締められた携帯電話の存在を思い出し、せっかくだからと

「ウディさん、一緒に写メ撮ってもらってもいいですかね?」

そう(英語で)尋ねると、案外あっさりと承諾してくれたので、僕はウディ・アレンと肩を組んで写メールを撮ったのでした。
そして僕はその後、ついさっき自分のお尻から出てきた『ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいSEXのすべてについて教えましょう』のVHSのラベル部分にサインをもらい、それでも頑なに「テレビはない」と(英語で)言い張り続け…………



***



「あ、寝ちゃってるよ」

お父さんは絵本を閉じて、ハジメくんの髪を撫で、部屋から去っていきました。

ハジメくんはこの絵本が大好き。
毎晩お父さんにこの絵本を読んでほしいとせがむのですが、お話の途中でいつもなぜだか寝てしまいます。

今日もいつも通り、途中で寝てしまったハジメくん。
今日はいい夢が見られるといいね。

いつも大体悪夢だもんね。



僕はそんな風にしてウンコを流す前に、ハジメくんの今夜の夢を憂うのです。



第14回 ぼくがウンコを流す前に 終