ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第8回 ぼくは凄腕スナイパー


こんな夢を見た。


解答者席に並べられた4体のフィトシ君人形。
次の最終問題でフィトシ君人形をもう1体並べることができれば、番組開始以来初のパーフェクト達成。

未だかつて経験したことのない緊張感が、ノノムラを襲う。

20年。
思えば長い道のりだった。
同じレギュラーメンバーのペロヤナギやヴァンドーに比べれば回数こそ少ないものの、トップ賞を獲得することはこれまでに何度もあった(30回くらい)。
しかし、パーフェクト達成となると……これがなかなかどうして、うまくいかない。
事前にテーマの下調べまでしてくるというペロヤナギ(正答率60%)のパーフェクト達成が約150回、サイドビジネスをしながらもいつもそこそこいい線はいくヴァンドー(正答率45%)のパーフェクト達成が約50回、そして、毎回自由奔放な解答で視聴者をあっと驚かせるノノムラ(正答率20%)のパーフェクト達成は……

ゼロ。

悔しかった。
友人には言い訳し、家族には愚痴をこぼした。

「マキョト君のパーフェクト達成……この『ふしぎ』はなかなか発見されないね」

何度もからかわれた。
その度に枕を濡らした。
レギュラーでもなんでもないただのゲストがパーフェクトを達成した収録の夜には、自宅の壁を穴が開くまで殴り続けることもあった。
泣きながら止めに入る妻に何度パーフェクト達成を誓ったことかわからない。

ボッシュート!
ボッシュート!
ボッシュート!
ボッシュート!
ボッシュート!
ボッシュート!

「ボッシュート」のリフレインが頭の中で鳴り響き、汗だくになって飛び起きる収録の朝も多い。
そんな寝覚めの悪い朝は、すぐさま冷蔵庫の中のミネラルウォーターをコップに注いでガブ飲みし、瞼を閉じて深呼吸する。
そうすることによってノノムラは、自分の中のクイズに必要のないものが全て削ぎ落とされていくような感覚を味わう。
どれだけ心を掻き乱す悪夢にうなされようとも、ノノムラは自分をリセットする方法を知っている。
彼も伊達に長年クイズ解答者をやっているわけではないのだ。

ともかく、ノノムラのパーフェクト獲得に対する焦りは収録を重ねるごとに募るばかりだった。

そんな彼の目の前に今、パーフェクト達成という名の20年越しの夢が横たわっている。
緊張しないわけがない。
額と鼻の頭には、もうメイクではどうにもごまかしきれない脂汗がじっとり。
両手両足は小刻みに震え続け、静まり返ったスタジオ内にはカタカタカタカタとノノムラが鳴らす貧乏ゆすりの音だけが響き渡っていた。

その状態が30分続いた。

このままでは収録を続けることは不可能だと誰もが感じ始めた頃、司会者・クサヌォがようやく口を開いた。

「ここまでの結果を見てみますと……」

クサヌォはおもむろに歩き出し、解答者席に順番に手をかけながら、何事もなかったかのようにここまでのクイズの成績を次々と発表していった。

「ヴァンドーさんと乙葉さんが1問正解で、フィトシ君人形1つずつ。続いてクリス・ペプラーさんが2問正解で、フィトシ君人形2つ。同じく2問正解でスーパーフィトシ君を使ったペロヤナギさんが、フィトシ君人形3つ……」

クサヌォはあくまで自然な流れの中でノノムラの座る解答者席の前へと向かっていく。

「そして……」

生唾を飲み込む音がスタジオの至るところから聞こえてくる。
いっそこのままマキョト君の前を素通りして、スタジオから逃げ出してしまおうか……クサヌォの脳裏に束の間邪念がチラついたが、彼は持ち前の強靭な精神力でそれをすぐさま振り払う。

「なんと、マキョト君が……」

クサヌォの声が若干震え、それに気づいたノノムラは、その時ようやく手元のタッチパネルから顔を上げた。

「フィトシ君人形4つ、ここまで全問正解……」

スタジオ中の注目がノノムラひとりに集まっている。
ノノムラ自身もひしひしとそれを感じる。

緊張が快感に……。

ノノムラの顔が見る見るうちに恍惚の表情へと変わっていく。
その様子を間近に見ながら、クサヌォは大きく息を吸い込む。


そして、遂に……









クサヌォの声が、スタジオ中……いや、赤坂一帯……いや、関東一円に高らかに響き渡った。

「マキョトく~~~ん!!!」

ペロヤナギが不意に立ち上がり、ノノムラに拍手を贈る。
それに続くようにして、ヴァンドー、乙葉、クリス・ペプラー……その場に居合わせた全ての人が立ち上がり、鳴り止むことのない拍手。
その間、クサヌォは笑顔のまま終始静かに頷いている。

ノノムラは思った。

「原宿で竹の子族をやってて、それでスカウトされて飛び込んでみた芸能界……。初代『いいちょも青年隊』でデビューした後、なんだかんだあって今は『全世界・ふしぎ大発見!』のレギュラーメンバーとしてお茶の間に定着……。恐妻家としても知られてるし、ヴァンドーさんがメインの地方の番組(特に名古屋)なんかにもよく出させてもらってるけど……今まで生きてきた中で、今が一番幸せだなぁ!」

ノノムラはさらに思った。

「そういえば、映画『平成狸合戦ぷぉんぽこ』では声優にも挑戦したなぁ!」

そして、ノノムラは気づいた。

「っていうか、俺まだパーフェクト獲ったわけじゃねえのになぁ!」

まだまだ鳴り止まない拍手。
クサヌォもまだまだ頷いたまま。

「まあ、いいや」

考えたって仕方ない。
今この瞬間を楽しもう。
ノノムラは、自分に向けられた銃口の存在になど全く気づくことなく、この至福のひとときをそのまま受け入れることに決めた。




ノノムラは、死ぬかもしれない。




第8回 ぼくは凄腕スナイパー 終