ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。

第4回 華麗なるダンスステップで、ぼく


朝目覚めると自分のとなりに全く見覚えのない女の子が寝ていた、なんてことがあったりしたら、人生はもっと楽しいものになるのかもしれない。
けど、そんなことは今までだってなかったし、これから先にだってきっと一生ないんだろう、なんてことを考えたら、人生はすっかり楽しくなんかなくなってしまうってことくらい、僕はしっかりわかっている。

だから、少しだけ想像してみたい。
全く見覚えのない女の子が僕のとなりで寝ている朝のことを。
こんなことを書いている僕は、もしかしたらものすごくヘンタイなのかもしれないが、そんなことはこの際気にしていられない。
僕は人生を少しだけ明るくする罪のない想像をはたらかせながら、今朝も井の頭公園の沼みたいな色をした池を、3周ジョギングしてまわる。



1周目、朝目覚めると僕のとなりに誰か寝ていた。



ここはどこだ?
僕の家だ。
僕の家で僕以外の誰かが寝ている。
なぜだ?
嗅ぎ覚えのないシャンプーの匂い。
いや、リンスか。
違う、女だ。
うろたえる僕。
なんかめんどくさい。
もうちょっと寝る。
で、それから考える。
ダメだ、ちょっと待て。
この違和感。
もしや。
この人どっかで見たことある。
どこで?
全く見覚えのないはずの女に見覚えがある。
おかしい。
どうして長澤まさみが僕のとなりで眠っているんだ?


ストップ!


僕は頭がどうかしている!
長澤まさみが僕のとなりで寝ているわけがないだろう!

いや、そこか?

冷静になれ。
問題はそこじゃない。

もしも長澤まさみが僕のとなりで寝ていたのだとしたら、長澤まさみは僕にとって全く見覚えのない女の子になるのだろうか?

問題はそこか?

もうそこでいい。

もしも長澤まさみが僕のとなりで寝ていたのなら、長澤まさみは僕にとって全く見覚えのない女の子になるのだろうか?
同じことを2度書いてしまったが、それはともかく、これからはこの問題について考えていこう。
そうだ、考えるべきだ。
僕を僕自身が後押しする声が聞こえてくる。
耳をすまさなくても、直接。
こいつはすごい。



2周目、長澤まさみは僕にとって全く見覚えのない女の子なのか?



テレビや映画で見かける長澤まさみは、かわいい。
どうせ実物を見ても、僕は長澤まさみのことをかわいいと思ってしまうのだろう。
けど、当然長澤まさみ本人と会ったことなど、僕は1度もない。
ぜひとも会いたい。
ちなみに、僕のとなりで寝ている長澤まさみは、目の下のクマが結構すごい。
たぶん毎日仕事が忙しくて、疲労が蓄積しているせいだろう。
とても心配だ。
パジャマのままでいいから、朝くらいゆっくりして、簡単なコーンポタージュスープでも作って飲んでほしい。
コーンポタージュスープがどうしてもイヤだと言うのなら、この際味噌汁でもいい。
どちらにしても僕は長澤まさみに、ゆっくりとした朝のひとときを過ごしてほしい。
できればゆっくりとした夜のひとときも過ごしてほしい。
そして、お仕事がんばってほしい。


ストップ!


やっぱり僕はどうかしている!

長澤まさみは僕にとって全く見覚えのない女の子なのか?

この問題はどうなる!
これじゃあ僕は長澤まさみの心配しかしていないことになってしまうじゃないか!

読者の皆さんに間違ったイメージを持たれるのは困る。
困るのは僕だ。
困るのは僕で、長澤まさみじゃない。
とにかく僕は読者の皆さんに僕が熱狂的な長澤まさみファンだと思われるのだけは、絶対に御免なのだ。
何が何でも。

だから、僕はここで少しだけ、僕のちょっと意外な一面をアピールさせてもらうことにする。

皆さん、準備はいいかな?



3周目、朝目覚めると僕のとなりにジャック・ニコルソンが寝ていた。



スタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』でのジャック・ニコルソンの演技は、本当に怖い。
どうせ実物を見ても、僕はジャック・ニコルソンのことを怖いと思ってしまうのだろう。
けど、当然ジャック・ニコルソン本人と会ったことなど、僕は1度もない。
ぜひとも会いたい。
ちなみに、僕のとなりで寝ているジャック・ニコルソンの顔は、起きている時の何百倍も怖い。
たぶん毎日撮影が忙しくて、疲労が蓄積しているせいだろう。
その程度の心配で気を紛らわせようとするくらい、ジャック・ニコルソンの寝顔は怖い。
僕は布団を抜け出して、パジャマのまま、簡単なコーンポタージュスープを作って飲むことにする。
そうやってどうにか気持ちを落ち着かせようとするが、自分の意思ではどうすることもできず、僕の手元はガタガタと震え続ける。
まずい。
このままでは眠っているジャック・ニコルソンを起こしてしまうことにもなりかねない。
僕はダウンジャケットを急いで着込み、鍵もかけずにジャック・ニコルソンの眠る僕のアパートを勢いよく飛び出していった。



どれくらい走ってきただろう。
井の頭公園の沼みたいな色をした池を目の前にした僕は、ジャック・ニコルソンの寝顔の幻影を振り切ろうと必死になって自分が随分と遠いところまで来てしまったのだということに、ようやく気づいたのだ。

しかし、僕の足取りは依然として軽い。

忌々しいジャック・ニコルソンの幻影はいつしか心温まる長澤まさみのイメージへと変貌を遂げ、僕はまるでダンスステップを踏むかのように、朝の井の頭公園を誰よりも華麗に駆け抜けていった。

そうして僕はもうすぐ、今朝も3周目を走り終える。



完走



今日もこうやって、人生を少しだけ明るくする罪のない想像をはたらかせながら、長澤まさみもジャック・ニコルソンも永久に登場することのないだろう退屈な日常の中へと、僕は確実に戻っていく……。




六畳一間のアパートで、今日も僕はひとりで眠り、そして明日もひとりで起きて、井の頭公園の池を3周まわって……そして明日もひとりで眠る。

……たぶん。


第4回 華麗なるダンスステップで、ぼく 終