ライター:ロバート・コペンハーゲン
毒にも薬にもならないけれど、読んでみるとなぜだか平常心が保てない、そんな詩とも小説ともコントとも区別がつかない「二度寝してもう少し見ていたい悪夢」のような文章を、毎週懲りずに連載していきます。
第1回 毒とユーモアとぼく

 

追伸


彼の机の引き出しの奥には、おそらく君に宛てたであろう一通の手紙が残っていました。彼があえて出さなかった、もしくは出せなかった手紙を、こうやって君に送ることを彼はよく思わないかもしれないけれど、どうしても君に読んでもらいたかったので、今回こうやってその手紙を同封させてもらいました。悪しからず。

 

 

***

 

 

深夜のAMラジオから聴こえてくる音楽に身を任せて、僕が長い間考えあぐねていたのは、やっぱり「ぼく」のことでした。

どうやっても抗うことのできない大きな力が働いて、当時の僕はいつだって口に出すのも憚られるような卑猥なことばかり考えていましたが、この時ばかりは僕は「ぼく」のことばかり考えるほかなかったのです。

 

伝説のロックバンド「サディスティック・ガンジー」が解散を発表し、最後のフルアルバム『毒とユーモア』をリリースしたその年、僕は中学二年生で、有り余るエネルギーをどこにもぶつけることができずに、ただなんとなく目が冴えてしまって、夜が明ける頃までAMラジオを聴いていました。アルバムに先立って発表されたシングル曲『もしも君がぼくを街で見かけたなら』がラジオから流れてくる度に、僕は君のことを考えました。そして、僕は君のことを考えれば考えるほど、「ぼく」のことを考えずにはいられなくなっていったのです。それは、たとえば僕が、「僕のとなりを歩く君」の姿を思い浮かべれば、僕はいつしか「僕のとなりを歩く君のとなりを歩く『ぼく』」のことを考えてしまう、といった具合に……。

あの「ぼく」は、一体誰だったのでしょうか?

彼が一体誰なのか、今も僕にはよくわからないのです。

 

 

 

もしも君がぼくを街で見かけたなら

君はひとりじゃないとか

変わらない愛の歌とか

全部嘘だと言ってくれよ


もしもぼくが君を心から愛するなら

君をひとりにしないとか

変わらず愛し続けるとか

言わず信じて黙っているよ


もしも君が君を許し愛せるなら

ぼくをひとり残したまま

謝りもせず残したまま

嘘つきのまま消えてくれよ

 

 

 

今でもたまに、この曲を聴き返してみることがあります。今僕が考えるのは、「ぼく」のことではなくて、あの中学二年生だった頃の僕が恋をしていた、ほかでもない、君のことです。僕は今更、君のことを、たまに、考えてしまうのです。

もう二度と会うことはないって、わかっているのに……。

 

嘘です。

 

実は、この間、渋谷の街で君のことを見かけたんです。109の前で、化粧品か何かのPRのために変な服を着て試供品を配る君のことを。

たぶん、あれは君だったんだと思います。もしかしたら、全然違う人だったのかも知れないけど。

とにかく、僕はそんな君のことを横目で見ながら、そのまま歩き続けました。不思議と声をかける気にもならなかったけれど、僕はその時一つ、あることをふと思い出したんです。

 

『毒とユーモア』を最初に「いい」って言ったのは、君だったってことを。

 

あのアルバムを勧めてくれたのは、君だったじゃないか。あのアルバムを僕に貸してくれたのは、君だったじゃないか。

なんでそんな仕事してるんだよ。あれは誰だったんだ? あれは本当に君だったのか?

 

あの頃の僕は、毎晩毎晩ラジオをずっと聴いていたよ。君が「いい」って言ったあの曲が流れるのを心待ちにして、毎晩毎晩聴いていたよ。君があの街のどこかで同じ曲を聴いているんだと思って、借りてたアルバムを返した後も、毎晩毎晩聴いていたよ。その度に現れては消えた「ぼく」は、一体今どこで何をしているのだろうか?

君は彼の行方を知らないだろうか?

そして、もしも君が「ぼく」を街で見かけたなら、僕に教えてくれはしないだろうか?

 

 

要するに、今僕はものすごく、君に会いたい。

 

 

***

 

 

彼に会うことも、「かれ」を街で見かけることも、私にはもうできません。たとえそれが可能だとしても、私が彼と会うことは、もう二度となかったんだと思うんです。

 

だって、あの頃も今も、あなたは私のことなんかちっとも考えたりしないで、「あなた」のことばかり考えてる。

 

そんなこと、ずっと前から気づいてる。

 

 

 

もしもぼくがぼくを許し愛せるなら

君をひとり残したまま

謝りもせず残したまま

嘘つきのまま消えてゆくよ

 

 

あの曲の歌詞、本当はこうじゃなかった?

 

 

 

第1回 毒とユーモアとぼく 終