ライター:鈴木アキヒロ
中学時代。あの頃僕らは何を考えていたのだろう。頭の中の九割は性欲で残りの一割で遊んだり勉強したりしていたあの頃。そんな時代を少年Sと一緒に思い出してみませんか?
ちなみに少年Sは筆者とは何の関係もありません。マジです。いやほんとに。ほんと ですって。

第1回 おみゃあら何やっとるだ -その1-

 

1999年4月。当時世界はまだまだ20世紀でした。1999年。もう7年も前になるのですねえ。当時日本はまだまだ平成大不況といわれる不景気から抜け出せずにいて、この年の始めに携帯電話の番号が11桁になり、プロ野球界では西武の松坂大輔が日ハムの四番片岡を150キロ越えのインハイで空振り三振に切って取り衝撃のデビュー戦を飾っていて、北朝鮮の不審船がやってきてそれに威嚇射撃をしたかと思えば、歌謡界では16歳の宇多田ヒカルが1stアルバム『First Love』を発売していた、そしてノストラダムスの大予言の七の月がもう間近に迫っている、そんな時代でしたね。

今振り返ってみるとかなり混沌としていたんだなあ・・・。まあ、そんな時代に12歳の鈴木昭弘少年は中学生になったわけで、正しい日本の中学生として、真新しい制服に身を包み、教科書を満載した学校指定の鞄を背負って、坂道の多い通学路を、せっせと中学校まで通っていたのでした。

昭弘くんが通っていた中学校は愛知県の片田舎、知多市立の東部中学校という、聞くからに何の変哲も無い、どこにでもあるような公立中学校で、創立からまだ20年あまりで歴史も何も無く、まわりは森とみかん畑とタマネギ畑しかないというおおよそ俗世間の刺激の到達などありえないどうしよもない田舎中学校でした。

 

この年の春は何故か気温の低い日が続いていて、学校から帰宅して遊びに行くときも、昭弘くんは春にしては厚手の上着を羽織って自転車にまたがったのでした。

「おっす。」

この日昭弘くんを遊びに誘ったのは仲間内からハラマサと呼ばれている少年でした。フルネームは宮原雅之くんという何かおじんくさい名前で、みんなハラマサハラマサと呼んでいて、本人もそれを何となく受け入れていたのでした。別に見た目はおじんくさいわけでもなかったんですけども、何となくカリスマ性がある少年で、よく遊びの中心になっていた少年でした。ハラマサくんは中学入学直後に眉毛が急激に薄くなり、教員に「剃ったんだろう?」と問い詰められたときに

「ストレスでボロボロと抜け落ちた。」

とものすごい嘘をついており、早くも教師たちから眼をつけられていました。まあ、ハラマサくんは中学生らしく鏡に向かって一本一本処理しているんですけど、そんな中学生のおしゃれ心なんて教師共が理解してくれるはずもないのです。

ハラマサくんはいつもたまり場にしている駐車場の隅に腰を下ろしていました。

「よお。買えた?」

「ばっちり。出馬表も、ほれこのとおりだわ。」

ハラマサくんの手にはスポーツ新聞が握られている。

「おお。悪いな。ほい。半額の60円。」

昭弘はハラマサに60円を渡しました。

二人は新聞を広げると、次の日行われる天皇賞・春の出馬表に目を落としました。

彼らは正しい中学生らしく、競馬に夢中になっていました。

もちろん、こんな田舎で、しかも中学生が馬券など買えるわけ無いのですが、それでも彼らは予想自体に楽しみを見出していていたのでした。そんなわけで、彼らはコンビ二まで自転車を走らせては、競馬の情報のついているスポーツ新聞を買ってきて、検討会をしていたのでした。近くのコンビ二では次の日の競馬情報が載る夕刊が入荷されていなかったりして、遠くのコンビ二まで自転車を走らせては探していたというのだからその努力たるや涙ぐましいものです。この三年後、昭弘が高校に進学した際にWINS名古屋が通学定期内に入ってしまい、ダメ人間化してしまうとはこのとき純粋な二人は想像だにしていなかったのですが・・・。

「12頭立てか。」

「スペシャルで堅いんじゃないの?」

新聞を見ながら検討する二人。

当時はスペシャルウィークという馬がG1戦線では人気をしていました。今日、競馬場ではスペシャルの子どもたちが走っているのだから時間がたつのは早いものですねえ。

というわけで二人は明日の天皇賞・春の予想をするためにこうしてわざわざ駐車場の片隅で落ち合い、で、わいわいとやっているのでした。全く、どうしよもねえなあ昭弘もハラマサも。

一時間くらい検討をした後、寒くなってきた彼らは近くのレンタルビデオ屋で暖まることにし、自転車を漕ぎ移動を始めたのでした。

そのレンタルビデオ屋はこのあたりでは結構大きい店舗で、CDやビデオを貸し出している、まあいわゆるゲオってやつです(店舗名公開かよ)。娯楽の少ないこの地区においては大変重宝されており行くと大体確実に知り合いに出くわすという、田舎にありがちな店舗といえます。昭弘くんもよくここでCDを借りてはカセットテープ(MDなんて無かったのだ!)にせっせと録音していたものでした。

 

で、その店の駐輪場に着いたとき、ちょっとしたことが起こったのでした。

 

「あ。」

と急に声を出したハラマサくん。

「なにい?」

昭弘くんが聞く。この場合の「なにい?」の発音は名古屋弁なため「おじい」の発音と同じアクセントである。

「500円拾った。」

ハラマサくんは満面の笑みでそう言いました。当時の中学生にとって500円と言ったらなかなかの金額です。

「やったがん!何かマンガでも買やあ。」

ちなみに今の昭弘くんの台詞も思い切り名古屋弁なのでありますが、あえて注釈を加えるほど難解なものでもないので、スルーします。

「そうだなあ。いや、ここはまず暖かいもんでも飲もう。昭弘も飲め。今日は俺のおごりだ。あぶく銭はぱーっと使わんとな。」

さすがはハラマサくん。太っ腹です。

昭弘くんもよろこんでこの話に乗りました。

 

あったか~いコーンポタージュスープを二本買って、二人は並んでこれを飲みほしました。

「冬はこれが一番だ。」

「うむ。」

まあ、何とも中学生らしいほほえましい光景ですね。この季節こたつで安い麦焼酎のお湯割りばかり飲んでいる今の昭弘くんに見せてやりたいですね。

 

しかしこのあとハラマサくんが手元に残った260円を見て、とんでもないことを言い出したのです。

 

「昭弘。これ交番に届けねえか?」

 

 
その2へ続く・・・