ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。
第48回 スリップ・オブ・ザ・タン

朝からテレビをつければ、
倖田來未がどうのこうのの話ばかりやっていて
まぁ、ワイドショーがそういうものだっていうのは
昔から変わらないから別に何の感情も抱かない。
倖田來未は元から嫌いでも好きでもないから
何の感情も抱かずにテレビを見る。

いや、何の感情も抱かずになんて言ったら嘘になる。
大御所司会者たちのやけに温かい対応やら、
インターネットに対する抽象的な批判やら
安倍元総理と沢尻エリカ、柳沢大臣と倖田來未、の関連性の有無やら
言いたいことは山ほどあるけども
そんなことはどうでもいいのだ。
どうせ、またすぐに忘れ去られるだろうし。
そんなことはどうでもいいとは言いつつ
ふわっと思うのは「失言」って何だろうってことだ。
いや、まぁ今回のは洒落にならないくらいの「失言」なんだけど
何がどうなったら「失言」になるんだろう。

まず、一つとしては誰が言ったかだ。
失言っぽい言葉は身の回りにも
テレビの中にもあふれている。ましてや深夜ラジオにおいては。
でも、それが「失言」になるには誰が言ったかによって
大きく左右される気がする。
例えば、週刊誌の見出しで考えてみる。
「あの政治家が失言!」
これはありうる。というか典型的だ。
「あの高倉健が失言!」
なさそうだと思ったけど、ありかもしれない。
でも、何か裏がありそうな気がする。
「あの伊集院光が失言!」
これはない。いや、あるんだけど。
これが紳助となるとなぜか話は違ってくるかもしれない。
「あの落合監督が失言!」
これは、なんか正論を吐いただけのような気がする。

かなり主観的になってしまったが誰が言ったかによって
バッシングや扱いは変わってくるはずだ。
そう、「失言」を言う前に
もう失言であるかどうかはかなり決まっている。
で、ここでもう一度見てみよう。
「あの倖田來未が失言!」
ほら、ありそうな気がしてくる。というかあったんだけど。

で、もう一つは「すべったかどうか」だ。
だいたい失言っていうのは例え話が多い。
まぁ、例え話なのか本気で言ってるのか
区別がつかないのがすでに「失言」なんだけど
「失言」になる例え話は全てすべってる。
「神の国」発言にしても、すべってる。
「産む機械」にしても、全体的な話としては
経済学的に工場の生産性に例えた話だけど、にしてもすべってる。
で、今回の倖田來未の話も、
笑かそうとして言ったのかもしれないけど、にしてもすべってる。
上手く例えたか、上手く言ってやった感が
当人たちにはあるのかもしれないけれど、全てすべってる。
要は、いろんな意味で笑えないってことだ。

という訳で、このコラム自体も失言かもしれない。
僕が誰だかはどうでもいいけど、すべってるかどうかが問題だ。
まぁ、いろんな意味で笑えないっすけど。