ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。
第42回 チョイス

また、野球の話をしてしまって申し訳ないとは思うが
こればかりはしょうがない。
多分、来年の四月頃まで話すことはないだろうし。
まぁ、とりあえず野球についてだ。

もちろん、語るべきことは
山井のゴーグルについてでも、
福嗣くんの存在感についてでもなくて、
落合監督の采配についてなのはもちろんだ。
だけれど、語るにしても何を語ればいいのかわからない。

だいたい「まぁ、いいんじゃない」派と
「ダメだろ」派に別れているわけで、
もちろんこれは落合自体がまず好きか、嫌いかっていうファクターが
かなり大きく作用している気はするのだけれど、これは意外に語られない。
それに付随して、豆がつぶれた、つぶれてない、
山井がかわいそうだ、かわいそうじゃない、
落合空気読め、落合に空気など存在しない、
とかいった話がされているわけだけど、
だいたい、いい采配って何なんだろうか。

まぁ、はっきり言ってしまえば、
今回の采配について僕の気持ちは
だいたいのところ決まっているわけなので、
「いい采配って何だろう」っていう
素朴な疑問コーナーにしてみることにしただけだ。

采配っていうのは試合中になされる
いくつもの選択なわけだ。
その選択自体がいいかどうかはその時点では決まらなくて、
未来、つまり大体は試合終了後に、その価値は決まる。
例えば、古城を代走に出したっていう原監督の選択の価値は
その時点じゃ決まらない。
未来が訪れてから、その価値は決まる。
もちろん、その未来を見通したかどうかが
采配の価値となるわけだけど。

で、僕はまだ今回の采配についての価値は
決まらないんじゃないかとうっすら思っている。
未来が来てないからだ。
じゃあ、この場合の未来は何かっていうと
それはわからない。
岩瀬に代えたことで、きっちり勝ったことが未来なのか。
3勝1敗の状況で、代えてしまったことが未来なのか。

もっと長いスパンで見れば、
岩瀬が今回の件で信頼してもらったと感じて
将来残留してくれれば、采配はよかったのかもしれないし、
山井が来年以降すごい投手になった時に、
今回の件に恨みを持って、巨人にでも移籍したら
采配はダメだったのかもしれない。
まぁ、勝ったからいいんすけどね。

というわけで、僕が現時点で今回の采配について
本当のところ、どう思っているかは言わないことにする。
ただ単に思うのは、
第一戦のときのサエコの映る回数と
第五戦のときの信子夫人の映る回数は
意外に同じくらいだったっていうことなんです。