ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。
第30回 オールスター

今、テレビでは野球のオールスターをやっていて、

タッキー&翼が軽やかに歌い終わって、

福留が不敵な笑みを浮かべて拍手をしている。

で、多分そのうち欽ちゃんがでてくるんだろう。

いや、もうすでに出たのかもしれない。

たぶん欽ちゃん走りをして、マイクパフォーマンスをやって

確実に24 時間テレビの宣伝なんかをして。

で、僕はスイッチを切る。

と見せかけて、切らない。

でも、テレビを消音にする。掛布さんの声が途切れる。

とりあえず何かあるかもしれないからテレビはつけておく。

でも、たぶん何もないまま終わるだろう。

 

それで、僕はインターネットで小沢健二の映像でも探してみる。

今さらだけど、まぁ、好きなのだ。

僕が「カローラⅡにのって」を6番まで歌えるようになって

しばらくたった頃、彼はほとんど姿を見せなくなった。

10 年以上前の話だ。

それからかなりたって「カローラ」以外の、

というか、それがもともとなんだけど、小沢健二を知ることになる。

 

で、ネットサーフィンして、11 年くらい前の映像を見る。

その当時の「あたりまえ」の空気が、今の「あたりまえ」と確実に違う。

パソコン上で、オザケンが立て続けに3 曲歌う。

いやぁ、いいなぁと今さら思う。

当時の小沢健二は28 歳くらいで、今の小沢健二が39 歳。

テレビ上には、ダルビッシュが映る。やっぱりクール。

11 年前には、ダルビッシュは9 歳、僕も 9 歳。

 

時間が立てば、文脈や状況なんて一遍に変わってしまうなんていう

当たり前のことを考えながら、

時間が立っても変わらない、いいことや悪いこともあるなんていう

当たり前のことを考えながら、

また、状況が変わらないと、その時の状況っていうものは

クリアに見えないのかもしれないとも考える。

いわゆるパラダイムっていうやつだ、たぶん。

 

で、あの時から約10 年経った今、

小沢健二は、小説「うさぎ!」を季刊誌「子どもと昔話」にて連載している。

 

彼のホームページで、第 1 話を読むことができるのだけれど、

だいたいこんなお話だ。

昔むかし、ある丸い星には「貧しい国」と「豊かな国」があって、

またその星の「大きなお金の塊」に「灰色」というものが棲んでいた。

その「豊かな国」に住む主人公の「うさぎ」が「貧しい国」を訪れるのだが、

はたしてどうなるのだろうか、というお話。

テーマはこの「灰色」ってことになるのだろうけど。

 

こうして、小沢健二が童話のような小説を書いていることに対して、

「そうじゃなくて歌ってくれよ」とちょっと文句を言いたくもなる。

ただ、彼は現状の価値観やシステムに対するいらだちを

はっきりと表明していて、それが彼が今やるべきことなのかもしれない。

現在の世界を、「昔話」として、「価値観が違う世界」として

描いているのもそういうことだと思う。

小説の中で「何かが完全におかしいのでした」と小沢健二がいう

その意味は、10 年後には、はっきりしているかもしれないし、

それじゃ、手遅れなのかもしれない。

 

音のないテレビを見れば、いつのまにかオールスターは終わっていた。

欽ちゃんを結局見ることはなかった。

それでよかったと思う。

別に欽ちゃんに悪気はない。

でも、100 kmマラソンのゴールを、

みんなで涙流して祝福するってことが

これから先も、ずっとあたりまえのことであるはずはない。

というか、もうすでに崩れてしまっているのだと思う、ずっと前から。

とりあえず、来年のオールスターは音を出して見たい。

まぁ、それは自分次第なんだけども。