ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。
第29回 ブラック

コーヒーを飲みながら、今こうして書いているのだけど、

いつからコーヒーを飲むようになったかっていう

どうでもいいことを考えている。

小さい頃は、コーヒーは刺激物だからっていう

正しいようなよくわからない理由で飲ませてもらえなかったから

たぶん家でいつのまにか飲んでいたっていう訳ではないと思う。

 

とこうして、書いているうちに思い出した。

たぶん、初めてコーヒーを飲んだのは

小学生の時に行ったスキー合宿のホテルだった。

夜更かしでもしようぜ的な感じと、

ならコーヒーでも飲もうぜ的な感じが合わさって

僕は初めて自販機でコーヒーのボタンを押した。

いつでも思うのだけれど、ホテルの自販機の値段は高くて

たぶん150 円ぐらいしたと思う。

しかも、なぜか缶が細い。

それは、ジョージアのめちゃくちゃ甘いやつだった。

 

初めて飲むコーヒーのあまりの甘さにびっくりして、

刺激物という訳のわからない理由を捨てて、

僕はコーヒーを飲むようになった。

で、そこからが問題だ。

ブラックで飲むべきか飲まざるべきか。

 

正しいコーヒーの飲み方っていうものがあるとしたら

それはブラックのような気がする。

ただ僕は、ブラックの良さがわからない。

だけれど、かっこつけて時々砂糖もミルクも入れないで

渋い顔をしながらコーヒーを時々飲む。

ただ、それはかっこつけてるだけの話で、

ブラックが好きで飲んでいるわけじゃない。

 

じゃあ、ブラックを飲んでいる人たちは

本当にブラックが好きなんだろうか。

僕と同じようにただかっこつけているだけなのか

本当に好きで飲んでいるのか。

僕が思うに、たぶんかっこつけて飲んでいるうちに

いつのまにか好きになっていたんだと思う。

 

今、コーヒーを飲んでいる人たちは

みんなあのジョージアの甘いやつから始まったと言っても

過言じゃない。

つまりはこういうことだ。

コーヒーを何かのきっかけで飲んでみれば、

意外においしかったのだけれど

これが本当のコーヒーっていう訳じゃないと思ってて

そこから先、ブラックに移行するっていうのは

まずはかっこつけて飲んでいるうちに

いつのまにかブラックのおいしさに気づくっていう

道をたどるんだと思う。

僕はこれらの移行を「ジョージア・ブラック」と呼びたい。

もちろん、呼びたくないのならかまわない。

 

ただ、僕はこう思うのだ。

甘いコーヒーが好きな人も、ブラックが好きな人も

どちらが格好いいっていう訳じゃない。

まぁ、格好いいかどうかを持ち出すこと自体変かもしれないけど

格好いいと思うからこそ、ブラックの良さが分かることもある。

たぶん、そういうことだ。

つまり、いつだって「ジョージア・ブラック」だっていうことだ。

もちろん、これはある種の例え話なんだけど。