ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。

第22回 フォーティーン


ちょっと前「センチメンタル」の回で、
映画「リリィ・シュシュのすべて」を持ち出しつつ、
自分の中学時代を感傷的に振り返った。
確かにこの映画で僕は感傷的になったし、
忍成修吾の逆光の中、煙草を吸うシーンとか
忍成修吾の田んぼの中、叫ぶシーンとか
忍成修吾のニヒルな笑顔とか
いちいちしびれていた。
蒼井優も出てるし、ほんとにしびれるシーンが多い。
で、この映画は確かに痛みを描いていて、
救いがないように見えるけれど
やっぱそこは岩井俊二っぽくなってるわけで、
で、俺の中学時代にもこんな感じがあったなとか
思っちゃってたわけだ。言わばだよ、言わば。 

で、はっきり言えば、そんなことあるかぁって話だ。
まず、お前は忍成修吾じゃねぇよって、自分で自分に言いたい。
次に、そんな美しい痛みなんかなかっただろって、自分で自分に言いたい。
なんで、こんな自虐的になったかといえば、
映画「14歳」(監督・廣末哲万)を見たからであって、それ以上でもそれ以外でもない。
いや、自虐的にっていうか、とにかく映画自体が衝撃的だったのだ。
なんていうか、使い古された「リアル」やら「リアリティ」って言葉じゃ
どうもこうも説明できない。 
というわけで、とりあえず、僕はこの映画を
「お米は生きている」の 公式映画とさせていただく。
たぶん、みんなに却下されるだろうけど、
勝手にそうさせていただく。
そうすることで、この衝撃の大きさを伝えたい。
そうすることで、お茶を濁したい。
だから、あとは瑣末な部分の話から僕の気持ちを読み取ってほしい。
土産話でも聞くスタイルでさ。

 「観ながら思ってたのは、いやだなぁこの感じってことで。
思い出したくないっていうか。いってみりゃ吐き気がするっていうか。
思い出したくないってどういうことだよ、
美しい思い出じゃなかったのかよって。
記憶とか、感覚みたいなものが、揺り動かされる感じなんだよ。
で、結局僕はもう14歳じゃない。
だけど、加工された14歳を背負ってるってことでもあって。
でも、しょうがないんだよな。
もう、わかんないんだよ。あの時のこと。 
ちなみに、野球部が練習してるシーンがちらっと映って、
そういえばガム食べながら試合して
相手チームの監督に怒られたなとか思い出してたら、
その後のシーンで香川照之が・・、みたいな偶然もあったりしてさ・・・」
   
僕の話でいえば、 そんな強烈な14歳の体験をしてないけれど
(千原ジュニアは 映画とは無関係)
あえて挙げれば、急にしゃべり方がわからなくなったのが14歳だった。
その場所もシチュエーションも覚えてる。
で、その時から必死でしゃべり方を思い出そうとして
今に至るわけだけど、まあ、この話はまた今度だ。
だから、島村さんが談笑してる姿も痛々しくてたまらなく感じる。
島村さんは他にもかわいそうなシーンを演じる。かわいいのに。
とにかく、気持ちよくはならない映画だ。
だけど、逐一揺さぶってくる映画だ。
今の14歳が見たらどう思うのか気になるところだけど、
でも、この映画、今のところ渋谷でしかやってない。
まあ、とりあえず、観ればわかるってありきたりだけど、ほんとにそうだ。
結局、島村さんが誰か分かんないままじゃかわいそうだぜ。
僕が。