ライター:Bro.トシマサ
てんびん座でAB型の人は優柔不断だ、なんてきいたことはないけれど、僕が優柔不断なのはそのせいだとおもう。
そんなわけで、あいまいな僕の、あいまいな考えを、あいまいにつづっていきたい。

第9回 深みを忘れない


ますます、短くなってきている。
まあ、お笑いのネタの時間の話なんだけど。

いや、そんなことはちょっと前から言われてきたことだけど、
でも、昨日やっていたフジの番組はそんなもんじゃなかった。
いや、そうでもなかったかな。

というか、出てきて1分も立たないうちに去っていって、
すぐ次のコンビが出てくるというか、そのスピードの見せ方に
何かしら考えるところがあったのかもしれない。

芸人の消費化とかよく言われる話じゃなくて、
まあ、そういう部分もあるにはあるんだけど、
何ていうか、僕らはテレビを細切れで見ることに
慣れてしまって、細切れで見ても笑えるものを
求めているし、テレビ側もそういうものを作っている。
で、ますます僕らは細切れの、即時笑えるものを求めてしまう。
有名な「Bro.トシマサのテレビスパイラル」の構造が
ここにはあるわけだ。

この流れは、あんまりぼくは好きじゃない。
でも、どこがどう嫌いかといえば、はっきりとは言えない。
いや、言おうと思えば言えるかもしれない。
一つの長いネタなら、
伏線が張ってあって「深み」を増したり、
リズムの高まり合いが「深み」を増したり、
オチに至るまでの話の練り方が「深み」を増したりする。
つまりは、長いネタの方が「深み」があったりするってことだ。
「深み」って何かと聞かれたら、それはまた答えにくいんだけど。

深みを求めるか、手軽で即笑えるものを求めるか。
いや、手軽な細切れな笑いへの流れは
もう止められないのは確かだろう。
それは、「テレビスパイラル」の構造もあれば、
携帯電話という存在もあれば、
僕らの視聴スタイルの変化もあるんだろう。
だから、ますますテレビは増々細切れになっていくはずだ。
いろんな意味で。

それはしょうがない。
だけど、この流れに何もすることができないんだろうか。
僕が思うのは、深みを忘れないことだ。
今は、深みと細切れが存在しているけど、
いずれ、深みを知らない人たちが出てくるのかもしれない。
あえて、細切れを選択していたのに、
いつのまにか、細切れしか選択せざるを得ない人が出てくるのかもしれない。
だから、そのために、深みを忘れないことだ。

いや、もしかして、すでに僕らは深みを知らないのかもしれない。
それでもいい。
深みを知らなくても、深みを忘れなければ、それでいい。

21世紀を生きる僕らの合言葉は
「Remember  深み」かもしれない。いや、ほんとーに。