ライター:としゆき
生まれは高松で育ちは名古屋、という東京には何ら関係ない人生を歩んできたが、最近上京したのでなんとなく「いまどきの東京」でも紹介することにする。
東京にはあまり詳しくないです。
当コラムはいまどきの京都(Travel@nifty)をはげしくリスペクトしています
第51回 新年とか年賀状とか

新年と言えば、年賀状を書かなくなって久しい。
いつからかといえば、高3の冬からである。
その年には年賀状を一通も出さなかった。そりゃあ受験期に年賀状なんて出さないもんだから、あたり前の話である。僕の場合はその翌年も受験生だったわけで、2年連続で年賀状を書かない年が続いた。

それまでは小学生のころから律儀に毎年出していたというのに、2年間も全く出さなくなると、受験なんかなくて年末年始がとても暇になっても年賀状なんか出す気にはなれなくなってくる。今はパソコンがあるので昔に比べて宛名印刷や文面作成の手間が大幅に減ったものの、やはり年賀状を書いて出すのは面倒くさい。2年間その手間から解放されていると、いまさらそんな面倒なことをやる気にはなれなくなる。それにブランクのお陰で、そもそも学生に年始の挨拶などまったくもって不要だという真理にも気づかされる。ちょっと気づきが遅すぎるか。

そんな風に僕は、年賀状を書かなくなった。
自分から出さなくなったのはもちろん、返事だって書いていない。
なんて不義理なやつだと思われるかもしれないが、そもそも僕に年賀状なんてもう来ないので問題ないのである。

だが実は、去年は小~中学校時代の友人から2通だけ来たのだ。
もう何年も会ってないのに、恐らく最後に遊んだのは高1の夏くらいだったから4年以上会ってないのに、年賀状をくれるなんてなんて有り難いのだろう。
けど僕は、そんな2通の年賀状にも返事を出さなかった。

「出したくない」という明確な意志の元に出さなかった、のでは決してない。
むしろ、ありがたいなあ返事書かなきゃなあ、と思っていたのだ。
だが文面を作ろうにも4年も会ってないから何を書いたらいいのかわからない。
小学校のときは「今年もいっぱい遊ぼうね!」などと書いておけばよかったが、高校から大学にかけて全く関わり合っていない人にその空白をまたいで届ける言葉って一体、どんなだろう。
わかんないなあと思っているうちにいつの間にか1月6日くらいになってきて、ああそろそろ年賀状なんて時期でもなくなってきたなあという感じになり、そのまま1月が終わって返事を出さずじまいになってしまった。

僕はなんというか、人間関係の維持みたいなものが苦手だと思う。自分から友人関係を保つために働きかける、っていうのができないのだ。(とくにここ数年間それは加速しつつある。)疎遠になり始めたらズルズルと友人関係は薄れていき、修復もそれにつれてどんどん難しくなっていく。例えば小学校や中学校の友達に地元の街で擦れ違ったとして、向こうから声をかけられなかったとしたら、僕は100%気づかないフリをして通りすぎる。僕から声をかけるなんて無理である。

関わっていない期間が長くなれば長くなるほど、再び友人として触れ合うには抵抗がある。これは多かれ少なかれ誰しも抱く感情なのではないかと思うのだが、残念ながら僕にはそれを乗り越えるだけの根性が無いので、逃げの一択なのである。

人間関係の維持が苦手。それに留まらず、大学に入って1年後には人を寄せ付けないマイナスのオーラまで放つようになっていたような気がする。順調にヤバくなってきているなあ、僕の人生…。

そんな事を年賀状を発端にぼんやりと思っていた年始でした。今年は帰省していないので確定はしていないのですが、今年は年賀状は0通だと思われます!

始まりからしてこの上なく暗いですが2008年は、今日書いたこととは関係ないけど1個がんばりたいことがあるのでそれについて取り組んでいきたいなあと思います。なんかこう、これが好きだ!とか楽しくてしょうがない!みたいな感覚をまた味わってみたいので。