ライター:としゆき
生まれは高松で育ちは名古屋、という東京には何ら関係ない人生を歩んできたが、最近上京したのでなんとなく「いまどきの東京」でも紹介することにする。
東京にはあまり詳しくないです。
当コラムはいまどきの京都(Travel@nifty)をはげしくリスペクトしています
第48回 研究室への憧れ

「研究室」というものに、ちょっと憧れる。
いや、僕が通う学部学科に研究室はない(ついでに言えばゼミもない)ので実態のほどはさっぱり分からず、したがってイメージに憧れているだけなのだが。

研究室やゼミが無い学部学科(といえばもう私立大学の文学部以外に無いような気がするが)に通う僕が想像する研究室とは。キャンパスの「21号館情報研究棟」みたいな建物の一角に教授の名を冠した「佐藤研究室」みたいな部屋があり、佐藤教授や配属された学生・院生がそこに籠もって日夜研究に明け暮れている、それが研究室。ディテールは最低限の想像だが、おおよそこんな感じなのではないのだろうか。

研究室に配属されれば学生生活の基盤は研究室になり、毎日多くの時間をそこで研究にあてることになるのだろう。遅くとも昼前には研究室に行って、個人やらグループワークやらで研究をしていたらいつの間にか日が暮れている。研究室は一人また一人と人が少なくなっていき、気づけば残っているのは僕だけになっていた。適当なところでキリをつけ、生協のエスプレッソを飲みつつ帰途につく。歩きながら今日の夕飯のための買い物について思案していたはずなのに、ふと脈絡無く研究のことが頭に浮かんだりする。そんな毎日。
研究といえば、それを発表する場であろう学会というものの存在を忘れてはならない。学会が近づけばその準備やらなんやらで、何日も研究室に泊まり混むなどしたりするのかもしれない。研究室の面々、初めは和気あいあいと共同作業をしながらも、切羽詰まってくるにつれて口数が少なくなっていく。若干ギスギスした空気が漂いはじめる中、僕のちょっとしたミスに仲間がぶち切れ、罵声を浴びせる。その瞬間僕の頭も沸き立ち、反論するより先に仲間の襟につかみかかっていた。ギリギリの空気に昂ぶっていたのは僕も同じことだったのだ。
そこで殴りーの殴られーの、女の子が泣きーの教授が一喝しーの、そこには学問知識のみならず豊富な人生経験に裏打ちされた威厳が充ち満ちていて気がつけば全員号泣、僕らの間には目には見えないけど美しい何かが芽生え、学会に向けて一段と強まった結束のもと再び走り出したのだった―。

なんか妄想が激しくなってきたが、なにせ物理的な接触が不可能なので、研究室の実際のところがどうなのかはわからない。
でも研究室の生活って、研究の内容によってはとても楽しそうだと思う。化学系の研究室で延々と実験を繰り返してデータをとり続ける、なんてものだったら化学にはさっぱり興味を持てない僕には地獄に思えてならないけど。化学系の研究室なら、本来の研究内容よりも「深夜にビーカーでラーメンゆでる」、みたいな「研究者っぽい生活」に憧れる。ちょっとカッコイイなと思ってしまう。
研究内容自体に憧れるものとしては、まず工学系。機械工学の研究室でロボットみたいなものを旋盤やら電子部品やら半田やら使って組みまくってプログラムも組んで動かす、みたいなことだったらとてもおもしろそうだ。他にはメディアアートもいい。メディアアートやってる研究室なんて少ないのかもしれないけど、ICCに置いてあるような作品はそういうところで作っているのかもしれない。学生でチーム組んで、文化庁メディア芸術祭等に出展するインスタレーションをとんてんかんてん制作してみたりするのかもなあ。こちらもとても面白そうだ。

もちろんそういう分野の専門的な研究にはそれ独自の難しさや要求される能力があるんだろうから、僕の憧れは小学生がロボコンのTV放映を見て「すごい!ぼくもやってみたい!!」と思うのと同程度のものでしかない。
でも、ソフィスティケイテッドな研究室ライフにはやっぱり憧れてしまう。院進学は経済的にどうとかいうことは差し置いても能力的にまず無理だから、生まれ変わったら理系(もしくは芸術系)大学院生になってマッドなサイエンティストもしくはアーティストになりたい。