ライター:としゆき
生まれは高松で育ちは名古屋、という東京には何ら関係ない人生を歩んできたが、最近上京したのでなんとなく「いまどきの東京」でも紹介することにする。
東京にはあまり詳しくないです。
当コラムはいまどきの京都(Travel@nifty)をはげしくリスペクトしています
第29回 いまどきのTOKYO神楽坂


今回は神楽坂にやってまいりました。
神楽坂には比較的よく行くのだけど、それにしても東西線の神楽坂駅から降りたところにあるベローチェでコーヒー飲んだりするくらいで。なぜこんなところにわざわざコーヒー飲みにくるのか、その理由はちょっとここでは伏せておきます。
まあぼくと神楽坂の関わりといえばそれくらいなもので、別に東京理科大の生徒でもないし、わりと行くにも関わらずほとんど何も知らない街と言ってもいい。なので今回は飯田橋で降りて、ちゃんと神楽坂下からのぼってみることにしたのです。


神楽坂。休日は歩行者天国になっているみたいです。7月27・28日にはお祭りがあって、阿波踊りなんかやってたりするのだとか。
夏。夏といえばいろいろ楽しいイベントが目白押しで、夏祭りもその一つである。ぼくも小さい頃は地元のお寺の夏祭りに友達と行って、出店でイカ焼き食ったりボール投げのゲームをやったりしていた。すごい景品が奥に飾ってあるけどそれは絶対に当たらない、ってやつ。
とまあそんな、小学生ならではの夏祭りを存分に楽しんでいた。だけどそんなのはもうずっと昔のことで、夏祭りというものには年齢相応の楽しみ方があるのだから、「大学生ならではの夏祭り」も当然あるのだ。
その楽しみ方についての詳細は書かなくても皆さんご存じだと思うし、悲しくなるので省略するけど。ああ、ぼくだってそんな「いかにも大学生の夏祭り」を楽しみたかったさ!どんなに「そんなものは絵空事だ!」とか思いこもうとしても、現実にそれをエンジョイしてる奴らが夏祭りという空間にはゴマンと居る。このまことに憂き現実というか、言わば格差社会というか、それに煩悶しつつぼくは今日もアパートに籠もる。

ええと、神楽坂の話に戻ります。このあたりは大正のころに栄えた街だそうで、それゆえ老舗が多かったのだけれど、近年チェーン店などの進出が目立ちかつての花街の名残は失われつつあるようです。
なるほど老舗らしき店舗がけっこう多い。けど、耐震強度とか建物の老朽化の問題での建て替えの為に閉まっているところもちらほらあり、神楽坂沿いの景観も日々変わりつつあるんだろうなと思わせる。カフェとか美容院、白木屋などの近代的でオシャレな建物も増えつつあるようです。白木屋は違うか。


だけど神楽坂通りの両側、とくに神楽坂下を背にしての右側にはこのような路地がいたるところにあって、入っていくといかにも老舗な居酒屋とか高級そうな料亭、寿司屋に出くわします。民家に混じって。この道の狭さ、奥まった感がいいなあ。建物はいつか建て替わるんだろうけど、その隙間を縫う風情ある路地にはこのまま、変わらないでいてほしいものだ。

ところで、路地を入ったところにあった高級っぽい料亭の軒先に七夕の笹が飾ってありました。


少し増えますように、って一体何を増やしたいんだろう。やっぱ髪の毛とかだろうか。
なお、この上の短冊には子どもの字で「黒くなりたい」とあった。わざわざ短冊なんかに書かんでも、海にでも行けばいいのに。それとも日焼けしにくい体質なんでしょうか。そんなに焼けたいものかな。

そういえば神楽坂には猫が多いみたいだ。もう少し神楽坂上までのぼっていってふたたび路地に入って見ると、料亭はだいぶ少なくなっていって坂道のやたらに多い住宅街に出るのだが、


やたらに猫に出くわした。これだけ道が狭く、ボロい建築も多くて小さな隙間がそこかしこにあると、猫にとってはとても住みよい街なのだろう。
画像の猫は首輪をしているので飼い猫のようだが、この猫が自分の体の何倍もの高さのブロックべいにジャンプして登る瞬間を見た。ぼくが3mの壁によじのぼれるかというとそりゃあ無理なわけで、その点猫はえらいと思う。


住宅街を徘徊していると、これまた狭っ苦しい入り口の奥に公園があるのを見つけた。
砂場の周りにはネットの仰々しい囲いが施してある。このあたりは猫が多いから、砂場がトイレにされるのを防ぐためにやっているんだろうなきっと。


そしてキリンですが、この形はなんなのだ。このぐったり具合と先端の形状。何らかのメタファーではないか、と勘ぐってしまう。


すべり台はゾウさん。こういうのってすべからく、冷静に見ると不気味な形状をしている。
ところでこの公園、別に学校のある時間帯に行ったわけではないのに子供が一人もいない。これもまた少子化の影響なんだろうか。それとも、今の子供は家に閉じこもってゲームばかりやっているのだろうか。
もし後者なら、そういう子供は得てしてひきこもり体質に成長するものなので、本人にとても社会にとってもあまりよろしいことではないと思う。具体的なサンプルはもちろんぼく自身である。ゲームばかりやっている子供がコンピューターに触れてインターネットばかりやるようになると、いよいよ危険になってくる。やっぱり子供は外で友達と遊んで、社交性を育てるべきです。

公園を出て、引き続き住宅街をうろうろ。


その中に突如として現れた、真っ赤な壁がなんとなく文学的な気がするバーです。
しかくさんックとか音ガンガンですます調で。もはや日本語ではありません。

ところで、家々の塀や町内会の掲示板によくこんなものが貼ってあった。


ここに文章を書くためにいろんな街の写真を撮っていてときおり思うのだが、ぼくって軽く不審人物なんじゃないのか。好きこのんで人ん家とか撮るヤツはめったに居ないだろうし、見知らぬオッサンを許可無く、本人の眼前で撮ったこともある。はた目には何の為なのかわからない写真を撮りながらキョロキョロ街をまわっていて、見た目も冴えない。これは、いつかは職質とかされちゃうんじゃなかろうか。

そのときは何て答えようかな。写真が趣味なんです!って言うのかやっぱり。
というわけで、神楽坂はあらかた見て回れたことだし、職質されないうちに帰路につくことにしました。