ライター:としゆき
生まれは高松で育ちは名古屋、という東京には何ら関係ない人生を歩んできたが、最近上京したのでなんとなく「いまどきの東京」でも紹介することにする。
東京にはあまり詳しくないです。
当コラムはいまどきの京都(Travel@nifty)をはげしくリスペクトしています

第19回 いまどきのTOKYO自由の女神


お台場って、デートスポットには事欠かない。もちろんそんな目的で行ったことは一度たりとも無いが、わらわらとショッピングモールやら遊園地やら美術館やら博物館やらTV局が集まっている。

ところで先日、ネットで調べ物をしていると。なんとお台場にはあの「自由の女神」があるらしいということがわかったのだ。自由の女神が、ニューヨークそしてアメリカ合衆国のシンボルであり映画「猿の惑星」でも有名な自由の女神が、こんな身近にあったなんて!

幼少期はニューヨークで育った、否、そんな幼少期を送りたかったなあとひそかに思っているぼくだが、自由の女神に対する思い入れは半端ではない。そのフォルムに感じられる気高き精神性。実は中に入ることができて、たいまつの部分は展望台になっているという遊び心溢れるギミック。かっこいい。

「自由の女神」という名前。自由という言葉には(特にアメリカでは)どうやら様々な意味があるようだが、ぼくは莫迦なのでそんなの知ったことではない。シンボルとして、造形としてあれほど雄弁なものは他では滅多に見られない。その事実さえあればいい。というわけでぼくの「一生に一度は現物を見てみたいベストテン」には、自由の女神は順当にランクインしているのだ。

…なんとなくベストテンとか適当に言ってみたが、こんなベストテンを考えたことは正直に申し上げますと、実はこれまで一度もなかった。何だろうなあ、一生に一度でいいから見てみたいもの。初めてまともに考えたものの、まったく思い浮かばない。そもそもぼくは極度の出不精なので、貴重なモノの現物に触れるという経験よりも、そこに出向くめんどうくささの方が上回ってしまう。わざわざ遠出してまで見てみたいものなんて無い。もちろんアメリカに行くお金なんて逆立ちしても出ないんだけど、あったとしても旅行なんかしないだろう。

実は自由の女神なんて見たくもなんともないような気さえしてきたが、なんたってこのお台場の自由の女神は家から電車で行けるので、ジャスコ品川シーサイド店以来のりんかい線に乗り込み、お台場海浜公園に向かうことに。このくらいの距離なら引きこもり体質のぼくでも何とかなるのだ。

東京テレポートで降り、フジテレビやメディアージュ(シネコンとかショッピングモール)を横目にして適当に進んでいくと


そこはもう、浜辺であった。ごみ一つ無いのが奇妙だが、ここは人工の砂浜であるらしいのでそれも当たり前のことかもしれない。海っていうか、管理の行き届いた公園の一部だ。

けどやっぱ、海を目にするとテンションが上がる。もちろんいつも通り一人だったので、テンション上げてもしょうがないのだが。本物の海なんて何年ぶりだろう?裸足になって水ぎわを走る、ような年ではもうないのだけれど。


ちべたい!!

ところで、浜辺といえばござを敷いての昼寝ですが。季節的にはまだ早いのではないかとも思うのだが、


本格的に寝ている方がいらっしゃいました。実は死体だったりして。
平日だったので人はそれほど多くなかったが(修学旅行生がとくに目についた)、人々は各々のスタイルで、4月にしてはちょっと暑すぎる砂浜でのひとときを過ごしていた。


散歩の途中、飼い犬の写真を撮る女性。何を隠そう、ぼくも猫の写真を撮るのがちょっとした趣味なので、動物の写真を撮りたくなる気持ちはわかる。
でも撮られるほうはいったいどんな気持ちなのだろう。散歩を中断されて、なんだかよくわからないものを向けられている犬の胸中はいかに。

でも犬はちゃんとカメラ見るから偉いなあ。猫はカメラ見てくれないのに。道ばたで見かけた野良猫の写真はどれも「ガンたれんじゃねーよ」とばかりに、ぷいとそっぽを向いているもの。

さて、久々の海の感慨もそこそこに、今日の主目的である自由の女神を目指して歩きはじめよう。海水が本物である他はほぼすべてが作り物というだけあって、周りの景観は非常に整っていて都会的だ。テーマパークのような雰囲気だともいえる。振り返ればそこには


フジテレビ。砂浜の修学旅行生は、きっとフジテレビにも行って球状の展望台に登ったのだろう。めざましTVのセットで記念撮影とかもしたに違いない。ぼくが中学生だった頃から修学旅行生のやることは同じである。せっかくの修学旅行なのに、そんなことして何が楽しいんだろう。そんなにめざましTV好きか?

ところでお台場海浜公園には、より海っぽいイメージを醸し出そうという意図からか、船のイカリがところどころに置かれている。動くと危ないから、地面にめり込ませて固定してあるのだけれど。


この「反り具合」はリッパのひと言。まさに天を衝くいきおい。すげえ。

さて、そんなこんなで、いよいよ自由の女神が見えて参りました。



思ったより現物は小さく見えて若干がっかりしたが(2枚目はすごくリッパに見えるけど)、確かにどっからどうみても自由の女神だ。

置いてあった説明のプレートによると、この自由の女神はフランスの自由の女神のレプリカだとか。アメリカ建国100周年を記念してフランス政府がニューヨーク市にプレゼントしたのが、オリジナルの自由の女神。そのお礼に、パリ在住アメリカ人のコミュニティがフランス革命100周年を記念してフランス政府に贈ったのが、パリの自由の女神。

そして1998年。「日本におけるフランス年」を記念して1年間、パリの自由の女神像(本物)がここお台場海浜公園に移築。初めて海を渡った自由の女神は日本の人々に愛され、パリへの帰国が近づくにつれてレプリカの建造を望む声が高まった。そして2000年、パリのオリジナルを型取りして作られた完全レプリカが完成し、以後自由の女神はお台場においてもたいまつを天にかざし続けることになったのだ、と。

正直、「日本におけるフランス年」云々からあとは蛇足のような気がしてならない。アメリカとフランスの両国間で完結させておけばいいものを。こんな風にやすやすと自由の女神のレプリカをつくっていたら、いつのまにか色んなところで増えていって、気づいたら世界各国に自由の女神があった!なんてことになりやしないか。韓国の自由の女神。スウェーデンの自由の女神。ベトナムの自由の女神。ブルネイ・ダルサラームの自由の女神。なんだかよくわからなくなってくるな。とりあえず、濫造はやめていただきたいところだ。

まあお台場に建てててくれたから(たとえレプリカでも)現物を見れたので、ありがたく思っておけばいいのかもしれないけど。ニューヨークなんて一生行くことはないであろうぼくの人生だから、自由の女神もバッタもんで十分なのだった。