ライター:としゆき
生まれは高松で育ちは名古屋、という東京には何ら関係ない人生を歩んできたが、最近上京したのでなんとなく「いまどきの東京」でも紹介することにする。
東京にはあまり詳しくないです。
当コラムはいまどきの京都(Travel@nifty)をはげしくリスペクトしています

第16回 いまどきのTOKYO看板・広告


人口が多いと、それだけ店舗が多い。経済が発展していると、それだけ広告が多い。

東京はどこに行っても人や物で溢れている。副都心はそのどれもが、地方の政令指定都市都心部を凌駕する発展・過密ぶりを見せている。ビルも駅も、広告だらけだ。店舗数だって半端ではない。ぼくが住んでいるただの郊外電車沿線の住宅街でさえ、でかいスーパーが三つほどあるしカフェも飲食店も数を把握しきれないほど営業している。

数が多くなるとそれだけバリエーションも多くなる。多種多様な出会いがうまれる。都会ならではの洗練された雰囲気のお店なんかも多いのだろう。しかしぼくは常々ここに書いているように、そんな「おしゃれ」なものとは一切無縁な人間である。色々なものとの出会いの中に、それとは真逆の「ちょっとズレたもの」を求めてしまう。そういうものを見つけると、心の中で軽くつっこみを入れるとともに安心をも感じるのだ。つっこみどことのあるもの、何かがズレたものに、ここのところどこの集団にもとけこめていない自分を重ねているのかもしれない。

今回はそんな、街角で出会った「何かが引っかかる」店舗看板・広告を紹介していくことにする。

まずはアメ横の中華料理店です。


湯島の珍萬軒もそうだが、なぜ中華料理店はこんなネーミングのものばかりなんだろうか。チンとかマンばっかりじゃあないか。たぶん珍味の珍とよろずの萬、とかそういった意味なんだろうけど。ここは日本なので、チンといえばチンだしマンといえばマンなのだ。そのあたりにも配慮していただきたい。

そしてこの珍々軒、よく見るとシャッターの落書きがけっこう酷い。店舗群が閉まってからのアメ横を歩いたことがないので何ともいえないのだが、あのへんは夜には不良が出歩いていたりするんだろうか?落書きという行為自体タチの悪い犯罪なのはもちろん、落書き対象が「ちんちん軒」であることの間抜けさも彼らにしっかりと理解していただきたいところだ。


渋谷といえばビルの壁面にこれでもかと広告が貼り付けてあるのが印象深いが、その中にあってこれは異質なオーラを放っている。広告募集の広告。白地にくっきりと赤のゴシックで染め抜かれた「広告募集」の文字。どうしようもなく手抜きなのに、他の広告よりばつぐんに目に入ってくる。異様なパワーとともに、いいようもない不安をも感じさせる。

きれいだけど面白みも何にもないグラフィック+一見スマートだけれどよく考えるとしょうもないキャッチコピー、みたいな広告が巷には溢れている。そういうものに目が慣れていると、かえってこういうのにパワーを感じるようになってしまうのかも。

かといって、こんな広告ばかりになったらそれはそれでいやだけれど。これと同じデザインで「ウィンドウズ ビスタ」とか。


これは、全国どこにでもあると思われるマッサージ店だけれど。その字面にどことなく、いかがわしさを感じてしまう。看板の地が白でなくピンクだったなら、もう完全におっぱいパブだと思う。


こちらは池袋のパチンコ店ですが。やっぱりこの看板、「おばん」と読むんだろうか。オバン。パチンコってやったことないのだけど、オバンってのはパチンコ屋の名前としてはどうなんだろう。それとも同系列で「オカン」とか「オバハン」って店があったりするのかな。


駅で見かけた予備校の広告。とくにどうってことのない広告ですが、コピーだけはどうも気になる。このコピーから、どうしても「ダルビッシュ」のイメージが強烈に浮かんできてしまうのはぼくだけだろうか。

150km/h超の快速球とキレの良い多彩な変化球を投げ分け、20歳のプロ三年目にして球界をしょって立つエースと将来を渇望されながらもなお発展途上、という規格外のピッチャー。しかも身長190cmを優に超えるモデル以上のスタイルを持ちながら、顔は凡百のアイドルが霞んで見える超絶イケメン。天は何物与えているのだろうか。プロ野球選手でありながらエイベックスに所属しているのも、ダルビッシュならむしろ当然のことに思えてくる。

ダルビッシュに見劣りしない男は、とりあえず日本にはいないのではないかと思われる。彼にコンプレックスを感じないような男なんて想像がつかない。海外なら、ブラジル代表のカカなんかは人間性を加味すればダルビッシュ以上の超人かもしれない。だが日本にはどう考えてもダルビッシュに比肩しうる男はいない。

みんな、なれるものならダルビッシュになりたい。ということを、この広告は言いたいのかもしれない。

ちなみにダルビッシュとぼくは誕生日が一日違いであるが、彼とぼくの差は月とスッポンなんて言葉でも不十分のような気がする。彼とぼくは本当に同じ人間なのだろうか?

ダルビッシュ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>ぼく≧シャーペンの替芯

くらいか。できることならシャーペンの替芯からもうすこしばかりダルビッシュに近づきたい。なれるもんなら、ダルビッシュになりてぇよっ!

看板や広告を紹介していたはずが、いつのまにかダルビッシュへのコンプレックスを発露してしまった。1986年生まれ・ダルビッシュコンプレックス世代、略してダルコン世代ってことで、ひとつ。だんかい→だんこん→だるこん。