ライター:なかいち
世の中には2種類の人間がいる。それは、すぐ人を2種類に分けたがる人と、それを聞いて「人は2種類なんかに分けられるわけない」という人だ。こんな風に、勝手気ままにいろいろな角度から、人々を分類してしまおう というはなし。 ちなみに僕は、後者の立場です。
第35回 続 お墓のはなし

今回は、お墓のはなしと言ってもお墓の迷信のはなしです。

お墓の迷信といえば、たぶん、‘お墓で転ぶと、○○’的なことが全国的に有名なのだと思います。
ネットサーフィンして適当に調べてみると、例えば以下のような種類があった。

お墓で転ぶと手を切らなくてはならない
お墓で転ぶと腕を一本置いていかなくてはならない
お墓で転ぶと足を一本置いていかなければいけない
お墓で転ぶと片袖を置いていかなければならない
お墓で転ぶと靴を片方置いていかなければならない
お墓で転ぶと魂が抜かれる
などなど・・・


墓地というのは、石の角柱が所々に並んでいて、一見、新種のアスレチックと思われなくもない。実際、子供心には、いかにも走って遊び回りたい場所に見えるような気がする。そのため、このような迷信をつくることで、子どもが墓地を走り回って遊ぶのを阻止する働きをしているのかもしれない。

ちなみに僕が小さい頃は、お墓で転ぶと靴を片方置いていかなければならない
ということを言われた。
上に見たように、お墓で転ぶ迷信の数ある種類で、この迷信のチョイスは、個人的にはとても効果があったと思われる。

例えば、
お墓で転ぶと手を切らなくてはならない
お墓で転ぶと腕を一本置いていかなくてはならない
お墓で転ぶと足を一本置いていかなければいけない
のような迷信は、
もし万が一、子どもの時は特には、気をつけていても転んでしまうことがあるかもしれない。実際、墓地というのは、地面がごつごつしていかにも転びそうな場所であることが多く、気をつけていても誤って転んでしまうことがあると思う。

その場合を考えると、明らかに、手を切ったり足を切ったりするのは、自分で切るのはほとんど不可能に近いし、親をはじめとする付き添いの人が切ったりするなどという非人道的なことをするとは考えられないので、これは、なかなか子どもを説得するのは難しいと思われる。

一方、お墓で転ぶと靴を片方置いていかなければならない
というような迷信は、転んだとしても、靴を片方置いていくというのは、それほど難しいことではないし、
片方の靴を置いていくなんて、もったいない!!(まだ履けるのに!)という気持ちと、墓地から帰るときはケンケンして帰らないと行けないので、大変だ!という思いと、靴をおいていってしまうと 新しい靴を買いに行くときに履く靴がない!という焦りがでてくるので(少なくとも僕はそうだった)、より慎重に転ばないように行動すると考えられる。


ちなみに、手足を置いていかなければならないというような迷信は、お墓で転ぶと、転んだ傷口から菌が入り破傷風になって、手や足が切断される可能性があるという理由や、走って転んだ拍子に墓石が倒れてきて危ないといった理由からきているとも言われているそうです。(本当かどうかは知りませんが。)

それなら、お墓で転んでしまって、靴を片方置いて帰る場合は、
逆に、(そのまま片方素足で歩いて帰る場合も考えられるので)足の裏を切ったりして破傷風にかかって、足を切断する可能性が高くなる危険性も・・・??