ライター:なかいち
世の中には2種類の人間がいる。それは、すぐ人を2種類に分けたがる人と、それを聞いて「人は2種類なんかに分けられるわけない」という人だ。こんな風に、勝手気ままにいろいろな角度から、人々を分類してしまおう というはなし。 ちなみに僕は、後者の立場です。

第6回 カッコよさのはなし
 

世の中には2種類の人間がいる。それは、言葉の力を信じている人と、言葉の力を信じていない人だ。


言葉の力を信じているのはもちろん・・・朝日新聞。
朝日新聞といえば・・・・

言葉に救われた。
言葉に背中を押された。
言葉に涙を流した。
言葉は人を動かす。
私たちは信じている、
言葉のチカラを。

というコピーでおなじみ。
…のはずであったが、つい先日、コピーを変えてしまったようだ。


ところで、
言葉の力を信じているという人と、言葉の力を信じていないという人、どちらがカッコいいかといったら、やっぱり言葉の力を信じているという人の方がカッコいいのではないかと思う。

朝日新聞の(前回の)コピーでいえば、内容なんかよりもむしろ、言葉のチカラを『チカラ』とカタカナにしているところなんかが、カッコいい。

一方、

「オレは言葉の力を信じないぜ。」

と、カッコつけて言ったとしても、何かしっくりこないし、全然カッコよくない。
なぜだろう・・・。


そもそも、『言葉の力』とは比喩といっていい。というのは、言葉には物理的に物を動かす力がないからだ。考えてみると、わざわざ言葉の力を信じていない人が、そういう比喩をあえて使うことはまず、ないのだ。
そう、それはまさに、占いを信じない人(すなわち、占いに無関心な人)が、

「大殺界なんか気にしない。」

と、決して言わないのと同じようなものだろう。
しかし、言葉の力ということばを使わないからといって、言葉の力を信じていない人がいないわけではない。

当然、言葉の力を信じない人もいる。例えば、谷川俊太郎氏。
谷川俊太郎といえば・・・・

保険にはダイヤモンドの輝きもなければ、
パソコンの便利さもありません。
けれど目に見えぬこの商品には、
人間の血が通っています。
人間の未来への切ない望みが
こめられています。
愛情をお金であがなうことはできません。
けれどお金に、
愛情をこめることはできます。
生命をふきこむことはできます。
もし愛する人のために、
お金が使われるなら。

という日本生命のCMのコピー(詩というべきか)を書いた詩人だ。
僕の勝手なイメージをかもしれないが、詩人といえば、言葉の芸術家と言っても過言ではない。にもかかわらず言葉の力を信じていないとはちょっと意外だ。

実際、あるインタビューでこう発言している。

── …ことばの力を谷川さんも信じていらっしゃるということですよね?
谷川 僕はあまり信じていません。
── そうなんですか!?
(中略)
谷川 …言葉そのものにすごく疑問がありましたね。言葉って嘘もつけるし、大袈裟にも言えるし、ちっとも現実っていうものをきちんと捉えられないし、どんなに一生懸命言葉を使っても現実の三割も捉えられていないみたいなもどかしさをずっと感じていて、だから次々に自分の詩の形が変わっていったんだと思うんですよね。
── 今は?
谷川 今でも同じですよ。ただ以前よりも―つまりどこかの地点で言葉を信じないっていうのもけっきょく言葉で言うしかないわけだから―その一種の自己矛盾みたいなものを生きるしかないんだったら、言葉を信じないっていうことを前提にした上で信じるしかないって思うようになった。そこで少しはひっくり返りはしたんですけどね。だけど言葉っていうものを過大評価はしていません

なるほどね、と思う。そして、カッコいい!
結局、言葉の力を信じている人も信じていない人も、カッコいい人はいるのだ。


ということは・・・

言葉それ自体がカッコ良さを決めているのではなく、それを発言する人で、カッコ良さは決まる…。
これこそまさに、言葉の力なのだろう。
※谷川氏のインタビューの全文はこちらにあります