ライター:なかいち
世の中には2種類の人間がいる。それは、すぐ人を2種類に分けたがる人と、それを聞いて「人は2種類なんかに分けられるわけない」という人だ。こんな風に、勝手気ままにいろいろな角度から、人々を分類してしまおう というはなし。 ちなみに僕は、後者の立場です。

第3回 自動車のはなし


世の中には2種類の人間がいる。それは、右も左もわからない人と、右と左がわからない人だ。

このような分類をしたら、多分僕は右と左がわからない人の方にはいるのだろう。

僕もそろそろと思い、自動車免許を取ることにした。自動車を運転したかったから取ったかというと、実はそうではない。ただ、免許証がほしかったからだ。
どういうことか。免許証を持っているとちょっと大人な気分…とかいうことではない。身分証明書としての免許証がほしかったのだ。身分証明書としては保険証で十分なのだが、紙の保険証はいくぶん大きくて財布に入らず、持ち運びに不便なのだ。
持ち運びに便利な身分証明書がほしい、ただそれだけの理由だったのだ。

こうして、自動車学校に行くことに決めたのだが、自動車学校に通っているうちに、僕はある重大なことに気がついた。
例えば、指導教官に「はい、左よって!」と言われても、瞬時にどっち方向によればいいのか分からなかったのだ。正確には、左右を認識するのにワンテンポ遅れるのだ。どうしても一瞬、右はこっちだから左はこっち、と考えてしまう。
ところで、ここでいう『一瞬』とはどれくらいか。「はい、左よって!」という言葉が発せられて、どちらが右でどちらが左かを認識するまで、おおよそ2秒というところか(あくまでおおよその話だが)。日常生活ではおおよそ2秒は問題にならないが、自動車に乗っているとそのおおよそ2秒が大きな差になってくる。実際、時速20kmで走行していたとしても2秒たつと、11mも離れてしまっている。11mといってあまりぴんとこないかもしれないが、たとえるなら、なんと、オリエンタルラジオ中田の自宅とバス停までのもともとの距離の5倍もあるのだ。これで、どれほどの距離だか想像はできたと思う。(「1日3mmバス停ずらす。2年を費やし自宅の前に。」少したとえが古かったか…)
とはいえ、路上に出てからは地の利を生かし、何とか乗り切って免許は取得できたのだった。

こうして多少の問題を抱えつつも、無事に、持ち運びに便利な身分証明書として使うことのできる、免許証なるものが手に入ったので、まあ良かったか、と思っていた。
が、僕が免許証をもらってから数ヶ月もたたないうちに、保険証の方が持ち運びに便利なカード型になっていたのだった。